20.嫉妬?
夕食時。広い食事処には、この旅館の宿泊客が顔を揃えていた。
どこかの老人会の慰安旅行がいくつか重なっているらしく、ノブの言葉通り、宿泊客の平均年齢は驚くほど高い。
念のためにルルが、客や従業員の中に剣や魔法の腕に覚えがある者はいないかと募ってみたが、名乗りを上げたのは竜を倒したことがあると豪語する、剣豪ただ1人だけ。ちなみにその武勇伝は70年前の話で、現在の彼は立っているだけで両膝が生まれたての子鹿のようにプルプルと震えていた。
「あのお年寄りたちじゃ、雪道を歩くのもままならないだろうね」
食事を終えて部屋に戻ったエヴァンは、すっかり暗くなった窓の外に視線を投げた。
雪はようやく止んだものの、隙間から入り込む空気は鋭く冷たい。
「外の人たちが異変に気付いて動いてくれていたらいいけど、悠長なことも言ってられないかもね」
「食料が尽きたら地獄よね……」
この旅館に取り残されているのは、宿泊客が約50名と従業員が25名。
ひとまず水は確保できるものの、食料の備蓄はもって3日だと女将から説明があったばかりだ。
「ここはルルの言う通り、ティア様に頑張ってもらって雪の原因を突き止めよう。それで……」
エヴァンは言葉を切り、部屋の真ん中で放心しているレティシアを見た。
「肝心のティア様は、どうしちゃったの?」
変身は解除しているものの、レティシアは夕食の時からずっと心ここに在らずといった様子で、火照った顔でぼーっとしている。
ルルは、ノアとの一連のやり取りを小声でエヴァンに耳打ちした。
「へぇ……」
エヴァンは、窓際の椅子で淡々と本を読んでいるノアを横目で盗み見る。
「それは、益々面白くなってきたね」
「まぁ……今までにない変化ではあるわよね」
2人がしみじみと頷き合っていたその時。
遠慮のないノックが部屋に響いた。
「邪魔をするよ!」
こちらの返事を待たずして入ってきたのは、勇者ノブ。
「……また来た。何か用ですか?」
隠しきれない辟易としたため息をつくルルに、ノブはキラッと歯を輝かせて笑みを向けた。
「可憐な姫たちが不安な夜に怯えているのではないかと思ってね! その細い肩を震わせているのなら、勇者の抱擁で安らぎを与えてあげようと参上したのさ」
ルルは呆れた顔で言い放つ。
「私たちは大丈夫なので、他のお年寄りたちの部屋を回ってあげてください。……需要があるかは知りませんけど」
「レティシア。あのヴィランに、また心無い言葉を投げかけられてはいないかい?」
繰り返しになるが、この勇者は都合の悪い言葉を遮断するスキルを持っているらしい。
ノブはルルの言葉を華麗にスルーして、放心状態のレティシアの両肩に手を乗せた。
「……え? あ、えぇと……ノブ様。どうかいたしましたか?」
ようやく我に返ったレティシアを、ノブは眩しいほどのキラキラとした目で見つめる。
「エデンから聞いたよ。変身魔法の特訓に励んだそうだね」
「……はい。エデン様もルル様も、熱心にご指導くださったのですが、私の力が未熟なばかりに……」
先ほどまでとは一転、レティシアは顔を曇らせた。
「言っただろう、レティシア。君に似合うのは笑顔だ。努力は諦めない限り必ず実を結ぶ。『自信があれば何でもできる』だよ」
そう言って、ノブの手が優しくレティシアの髪に触れた、その瞬間――またしてもノアから、どろりとした黒い瘴気が溢れ出した。
しかし当のノアは、涼しい顔をして目線は手元の本に落としたままである。
「なんなのよ、ノア! まだ不眠2日目なのに、やたら機嫌が悪い……」
そう言いかけて、ルルはノアとノブ、そしてレティシアを順番に見遣る。最後に目線をエヴァンに向けると、彼も同じことを考えていたようで、小さく頷いてみせた。
(あのノアが、まさか嫉妬してる……?)
信じられないと、ルルは呟く。
一方、卓球での敗北を根に持っているノブは、禍々しい魔力を纏うノアを鋭い目で睨みつけた。
「その気色の悪い瘴気を収めるんだ。よもやこの異常気象、君が引き起こしているのではあるまいな?」
ノアは気だるげな瞼をゆっくりと上げ、ノブを睨む。
「うるさい……人の部屋で喚くな」
「ふっ……やはり一度、痛い目を見ないとわからないらしいな」
ノブの視線が、部屋の隅に置かれた将棋盤に止まる。
「卓球では君の卑怯な策に遅れをとったが……盤上で再戦願おうか」
「……いいだろう」
背後に獰猛な虎と龍を背負い、静かに、しかし激しく火花を散らす両者。
こうしてノアとノブの将棋対決が幕を切って落とされた――




