02.好きなところ
「あんなに公にイチャついて、この大学の風紀は乱れているわ」
レティシアとノアの正面のベンチ。腕を組み、一部始終を眺めていたルルは、隣のエヴァンにぼやいた。
「羨ましいだけでしょ、ルルは」
エヴァンは開いた書物に視線を落としたまま、さらりと言い放つ。
「そうよ! なんでノアに彼女が出来て、私には彼氏がいないの!?」
「僕たちとつるんでいる限り、無理じゃない?」
「うっ……」
あまりにも正論すぎる。
「……つるむの、やめる」
「へぇ?」
エヴァンはようやく視線を上げ、意地の悪い笑みを浮かべた。
「やめるんだ?」
「ティア様のおかげで、三日に一度のノアの『癇癪』に付き合う必要がなくなったしね。もう私たちがノアに張り付いている必要もないじゃない?」
「そうだね。ここ2ヶ月近く、本当に平和で暇だよね」
「だから私、彼氏を作――」
唐突に、エヴァンは持っていた書物をルルに見えるように向けた。
見開きのページには、大きな文字で『行こう! 新たな白銀の世界へ』と書かれてある。
「今度の冬季休暇、スキーに行こうと思ってたのに」
「スキー!? どこの!?」
「今度新しくエルデシュタイン高原にオープンするスキー場」
「行く! 絶対行く!」
数秒前の決意など綺麗さっぱり忘れ、ルルは勢いよく立ち上がるとレティシアのもとへ駆け寄った。
「ねぇ、ティア様! 今度の冬季休暇、一緒にスキーに行こうよ!」
突然の申し出に、レティシアはきょとんとした顔でルルを見上げる。
「スキー……ですか?」
「あ……王女様が私たちみたいな一般市民と旅行なんて、やっぱりダメかな?」
「いいえ!」
レティシアは先ほどのルルよりも輝いた顔で頭を振る。
「行きたいです! 是非連れて行ってくださいませ! ルル様と旅行だなんて……想像しただけで胸の高鳴りが抑えられません!」
「そ、そう? そんなに喜んで貰えると、なんかちょっと照れちゃうんだけど……」
「早速、お父様にお伝えして――」
「あ、それはストップ」
すかさず片手を挙げて制止する。
「ティア様には、庶民に混じって楽しんでもらいたいの」
あの王に知られたら、スキー場を貸し切りにしかねない。その上雪山のペンションに一流シェフや屈強な護衛を配置し――否、旅行までに豪華ホテルを建設までしてしまいそうだ、とルルは考えてゾッとした。
「わかりました。では、ルル様にお任せいたしますね。ところで、スキーには……その……」
レティシアはもじもじと指先を絡め、そっとノアに視線を落とす。それだけで、ルルは察した。
「もちろんノアも連れて行くよ。エヴァンもね」
ぱっと花が咲くように微笑むレティシア。
その笑顔があまりにも眩しくて、ルルは思わずノアの額にデコピンを食らわせる。
「こんな可愛い恋人を手に入れて、羨ましいったらありゃしないわ!」
「こい……? こ、恋人!? ノア様には、お付き合いをされている女性がいらっしゃるのですか!?」
「は……?」
予想外のレティシアの反応に、口をポカンと開けるルル。
「いや、ティア様とノアのことよ? 付き合ってるんでしょ?」
「……」
「……」
「……は……はい?」
「え……?」
お互いに見つめ合う。
「わ、わた、私がノア様とですか!? 何故そのような事になっているのでしょう!?」
「何故って……大学内では有名よ? 奇人ノアが毎日王女様に膝枕をして貰ってるって」
「それが、どうしてお付き合いをしている事になるのですか?」
真顔で問い返すレティシアに、ルルは言葉を失う。
助けを求めるように、ルルはエヴァンを振り返った。
エヴァンは相変わらず、愉快そうに目を細めている。
「僕はそんな事だろうと思っていたけどね」
「どういう意味よ?」
「よく考えなよ、ルル。このノアだよ? そんな甘い関係になると思う?」
肩をすくめるエヴァン。
「それよりも僕が気になるのは、ティア様が変身魔法を使うのをやめた理由の方だけど。あの過保護な王様が、よく許可したよね?」
レティシアは編入当初、『他人が不快に感じる姿』へと自らを変える魔法を使っていた。それは城の外での自衛の為という、バルドレイン王の教えによるものだ。
だが数日前から、それは解かれている。さらに、常時遠巻きに控えていた護衛の姿も消えた。
「私もよくわからないのですが……勇者様と一緒に過ごしている間は安全なので、魔法も護衛も必要ないと――ルチアがお父様を説得したそうです」
「ルチア様が?」
エヴァンの視線が、ふとレティシアの傍らで留まる。
そこに置かれた一冊の本――『禁断の恋』。
「あぁ……そういう事か」
「何よ、どういう事?」
ルルが詰め寄るが、エヴァンはくすりと笑うだけ。
「本当に可愛らしい妹君だね」
「はい!」
意味はわからぬまま、レティシアは誇らしげに頷いた。
エヴァンは内心で苦笑する。
(――なるほど)
ノアがレティシアとの婚約をあっさり無碍にした事を、ルチアは相当根に持っているらしい。
恋愛に疎い姉に恋愛小説を送り付け、本来の見目麗しい姿で堂々と想い人の前に立たせる。
そうすればノアが後悔しないはずがない。いや、後悔させる気満々だ。
泣いて縋って『結婚させてください』と言わせるまでが、ルチアの筋書きなのだろう。
エヴァンの脳裏に、ニヤリと笑うルチアの姿が浮かんだ。
(相変わらず、浅はかだなぁ)
実際のところ、ノアはレティシアが変身していようが、本来の姿でいようが、何ひとつ言及しない。気に留める様子すらないのだ。
「ちなみにティア様は、ノアのどこが好きなの?」
「ひゃいっ!?」
エヴァンの不意打ちのような問いに、レティシアの顔が一瞬で茹で上がる。
「2人の関係性はともかく、ティア様はノアが好きなんだよね?」
「そ、そそその……好き、と申しますか……あの……」
両手を胸元で握り締め、視線がキョロキョロと泳ぐ。
「その……相手が誰であろうと態度を変えないところ、とか……博識でいらっしゃるところも、尊敬しておりますし……」
言葉を紡ぎ出すたび、恥ずかしそうに声が小さくなっていく。
「それから……」
一瞬、ノアへと視線を落とす。
膝の上で眠るその顔は、無防備であどけない。
「……ね……寝顔が可愛らしいところ、です」
「なんか……ごめん……」
「聞いてるこっちが恥ずかしいわ……」
顔を赤くした3人の中心で、当のノアだけが相変わらず穏やかな寝息を立てて眠っていた。




