16.泣き顔がアレ
内緒話を終えてルルたちが座卓へ戻ってくると、いつの間にかノブがレティシアの隣を陣取っていた。
至近距離で彼女の瞳を見つめ、白い歯をキラキラとさせている。
一方ノアは、我関せずといった様子で窓辺の椅子に座り、窓の外をぼーっと眺めていた。
「ねぇ。おたくのリーダー、距離感バグってるの? それともただのスケコマシ野郎なの?」
「すみません……根っからのお金持ちの坊ちゃんなので、僕が止めたところで聞く耳を持たなくて……」
申し訳なさそうにエデンが頭を下げる。
「あの人、そんなにお金持ちなの?」
「ヴァルテンベル・カンパニーの御曹司なんです。今度新しくオープンする、エルデシュタイン高原のスキー場開発を手掛ける会社と言えば、分かりますか……?」
「え!? あそこ、あの人の会社なの!?」
それならルルにも分かる。今度の冬季休暇に行こうと計画していた、巷で話題のリゾートスキー場だ。
「多様な魔法使いを大勢雇用して、極上の快適さと贅沢を兼ね備えたリゾートを提供する会社……らしいですよ」
エデンたちの会話が聞こえたのか、ノブはレティシアを見つめたまま前髪を掻き上げた。
「スキー場がオープンしたら、一番に君を招待したいのだけど……どうかな?」
くいっと指先でレティシアの顎を持ち上げる。
レティシアはぱちぱちと大きな目を瞬かせた。
「一番ではなくても大丈夫ですわ。皆様と予定を合わせて、冬休みにお邪魔させていただきますね」
ノブの口説き文句をただの親切として真正面から受け取り、悪気もなくふわりと微笑む。
その破壊的な愛らしさに、ノブは目眩を覚えて目頭を押さえた。
「良ければこの後、旅館の中を2人きりで散歩でもしないかな?」
さりげなく、しかし慣れた仕草でレティシアの肩に手を回すノブ。
「ちょっと――」
あからさまな下心を止めるため、ルルが割って入ろうとした、その時。
窓辺から漂うただならぬ気配に、ルルは足を止めた。
外を見つめたまま動かないノアの体から、ゆらりと黒い瘴気が立ち上っている。
「ノア……?」
「……俺は、虫の観察がしたくてここまで来たんだ」
低く、地を這うような声。
「秋の渓谷。そこは虫たちの楽園のはずだ。……それなのに……こんなに雪が積もっていたら、虫たちの生態系が狂ってしまうではないか……!」
怒りの矛先は、この降りしきる雪か、或いはそれを降らせる魔物か。それとも――
ノアの瞳が妖しく赤く染まり、体から吹き出す瘴気が部屋の温度を一段下げる。
「な、なんなんですか……あの禍々しい魔力は……?」
得体の知れない圧力に、エデンは思わず後退りした。
「ノア様!」
レティシアがノブの手を解き、ノアの元へ駆け寄る。
「昨夜も眠っておられませんし、長く吹雪に晒されてお疲れのはずです。どうか少し、お休みになってください」
ノアの両手をそっと握り、祈るように見つめるレティシア。
ノアはじっと考えるようにレティシアを見つめ――ふっと、全身から垂れ流していた不穏な魔力を霧散させた。
そして。
「お前の力は借りない」
ぽつりと言葉を落とし、ノアは部屋を出て行った。
「ノア様……」
「マジか……」
閉じられた襖を潤んだ瞳で見つめるレティシアと、片手で額を押さえるルル。
「ティア様、ごめん……私が余計なことを言ったから、ノアってば意地になってるんだわ」
「いいえ、ルル様のせいでは……」
首を横に振ったレティシアだったが、言葉の途中で堪えきれず涙が溢れた。
「わだ……わだぐじの力不足でず……っ! うぅゔ……っ!」
「……泣き顔がアレなのは、姉妹共通なの?」
かつてノアが『汚い』と言い捨てたレティシアの妹の泣き顔が、脳裏を過ぎる。もしや美しき氷の王女と称される長女も、泣くと同じ感じなのだろうか……と、そんなどうでも良いことを考えるルル。
(リュミエール様……)
鴉に変身して空を飛んでいた長女を思い出し、ルルは窓の外へ視線を移した。
猛威を振るっていた吹雪も、自分たちが遭難した時よりかは、幾分勢いが落ちてきているようだ。
「どうかしましたか……?」
「この雪の勢いがもう少し衰えたら、空から魔物を探せるんじゃないかと思って」
尋ねたエデンに答えるルル。
「空からって……どうやって?」
「私たちの他にも足止めされている宿泊客がいるでしょ? その中に1人くらい変身魔法が使える人がいるかもしれないわ」
ノブは自身のハンカチでレティシアの涙を拭いながら、爽やかに笑った。
「それは名案だが、他の宿泊客はお年寄りばかりだよ。まぁ、中には往年の手練れが混ざっているかもしれないけれどね」
「最悪、変身魔法使いがいなかったら……」
ルルはレティシアの手を引いて、ノブの側から引き離す。
そして、涙と鼻水を垂れ流す王女に笑顔を向けた。
「特訓しましょうか」




