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15.瓶に入ったコーヒー牛乳って美味しいよね

「あんなにも見事にスルーされるなんて。生まれて初めての経験だわ」

「ララさんまで……勘弁してくださいよ……」


 身内の行いに、恥ずかしそうに俯くエデン。

 だがララは浴衣の襟元をわずかにはだけさせ、その豊満な胸をこれみよがしに強調しながら、今度はエヴァンに視線を送る。


「だって、こんなに可愛い男の子がいたら、つい構いたくなっちゃうじゃない。ねぇ?」

「それじゃあ、あっちでお茶でも飲みながら、じっくりとお話ししましょうか」


 エヴァンはあっさりと美女の色香に籠絡された。


「あんた……彼女とかいらないんじゃなかったの?」


 ルルの蔑むような視線が刺さるが、エヴァンはどこ吹く風で胸を張る。


「それとこれとは別問題だよ。いついかなる時でも、僕は綺麗なお姉さんが大好きさ」

「……あっそ。くだらない」


 心の底から呆れた声で言い捨てて、ルルはレティシアとノアの手を掴む。


「どうぞごゆっくり。私たちは部屋に戻って、真面目に今後のことを話し合うわよ!」


⭐︎


「――で。なんでノブさんたちまで当然のように座ってるの?」


 ルルたちに与えられた、い草の香る広い畳の部屋。その真ん中に置かれた座卓を囲む輪の中に、何故かノブとエデンが混じっている。


「今後の策を練るのだろう? 勇者たる俺がいないと話が進まないだろうと思ってね!」

「あなたたちがいたところで、状況は何も動かないと思うんだけど……」


 爽やかに笑うノブに、ルルが半眼で即答する。

 ノブは気にも留めず、芝居がかった仕草で顎に手を当てた。


「この猛吹雪は明らかに異常だ。天変地異か、人智を超えた魔力の暴走か、はたまた世界の終末の予兆か……」

「……普通に考えて、魔物の仕業……とかじゃないかな……」


 壮大な空想を広げるノブの横で、エデンが申し訳なさそうに現実的な答えを呟く。


「吹雪を呼ぶ魔物は、この世にたくさん存在していると聞きますわ」


 レティシアが真剣な面持ちで頷くと、ルルも指を折りながら大学の講義の記憶を辿った。


「リュネの村に行く時に遭遇した氷狼(フロストウルフ)もそうだし、雪女(スノーウィッチ)雪男(イエティ)雪霊(ホワイトレイス)……あとは絶対に出会いたくないけど魔族の氷竜(フロストドラゴン)とかね。他には何がいたっけ?」


 ルルは、同じ講義を受けたはずの幼馴染に視線を送った。

 ノアは神妙な顔つきで深く、そして重々しく、頷く。


「……ああ。やはり風呂上がりのコーヒー牛乳は格別だな」

「誰がコーヒー牛乳の感想を聞いたのよ? 私は――」


 続けてツッコミを入れようと口を開きかけたが、別の席からノアに勝るとも劣らぬ深刻な声が上がった。


「お風呂上がりとそうでない時とでは、何が決定的な違いなのでしょうか?」

「やはり一番の要因は、このノスタルジーを感じさせる瓶だな。それから――」

「……忘れていたわ……うちにマトモな人間なんて、1人もいないんだった……」


 頼みの綱だったレティシアまでもが、ノアのコーヒー牛乳哲学にキラキラした瞳で食いついている。

 ルルは天を仰ぎ、深いため息をついた。

 視線を窓の外に向ければ、そこは相変わらずの吹雪。

 この調子で降り続ければ、この旅館も雪に呑み込まれてしまうかもしれない。


「……これじゃあ、明日中に帰るのは絶望的ね」

「原因が魔物の類で、その居所さえ掴めれば、あとは俺がどうにかしてやれるんだけどな」


 不敵な笑みを浮かべたノブの呟きに、ルルは目を瞬かせた。


「ノブさん……魔物と戦えるの?」

「もちろん。俺は勇者だからね!」


 自信満々に胸を張るノブ。

 だがその隣で、エデンが必死に両手を振っていた。


「……ノブはせいぜい、舞台用の殺陣が出来るくらいだろ……本物の魔物と戦うなんて、できるはずがないよ」

「『自信があれば何でもできる』! 俺の座右の銘だ」


 キランッと効果音が聞こえてきそうなほど、歯を光らせるノブ。

 話にならないと項垂れたエデンの視界の片隅に、ノアたちの荷物が映り込んだ。その中で一際異彩を放つ、黄金の虫取り網に目が留まる。


「あれって……?」

「あぁ……ノアの趣味の悪い虫取り網のことなら気にしないで」


 エデンは網とノアを交互に見比べた。


「ノア……黄金の虫取り網……」


 ブツブツと何かを呟いていたエデンだったが、はっとした表情を見せると部屋の隅へルルだけを呼び寄せた。


「も、もしかして君たち……本物の勇者……?」


 囁くような小声で問う。だがその瞳は、確信めいた光を帯びている。


「な、なんで!? 違う違う、絶対に違うから!」


 慌てて否定するルルに、エデンは詰め寄った。


「あの……僕、金細工師の知り合いがいるんです……彼が以前、『王室の依頼で黄金の虫取り網を作った』という話をしていて……その時は、変な注文があるもんだなって思っただけなんだけど……」


 エデンは視線を泳がせ、自分の指先をいじりながら、消え入りそうな声で続ける。


「ゆ、勇者ノブの武器が虫取り網なんていう、意味不明な状況……あれが、王様から本物の勇者に授けられたものだから……なのかな、なんて。……そ、それに君たちの名前も、ノブのパーティと似てるし……すみませんっ! 僕の勝手な妄想ですよね、ごめんなさい……っ」


 ルルは絶句し、気まずい沈黙を落とした。

 正体が露見するのは面倒臭い。何よりも、あの癖の強い王様によって盛りに盛られたデタラメな功績が事実だとは思われたくはない。


 エデンは申し訳なさそうに、けれどどこか慈しむような、弱々しい微笑みを浮かべる。


「……す、すみません。だ、黙っておきます。僕も、本名の自分より、『魔法使いエデン』でいる時の方が、ずっと……楽ですから……」

「……お願いします」

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