10.オムライス
「あ。やっぱりエヴァンも来たね」
ノアの家。
広いリビングにはすでに先客がいて、彼女はエヴァンとオリヴィアの姿を見ると顔をほころばせた。
「ルル。なんなの、この面白い状況」
ノアの家が豪邸に進化していた時点で、十分エヴァンの笑いのツボに入っていたのだが、家の中はそれ以上に混沌としている。
リビングの一角には鈴虫やコオロギの入った虫カゴがいくつも並び、黄金の虫取り網を握ったルルの末の弟トトが元気よく走り回っている。双子の弟リクとナギはノアの両脇にぴたりと張り付き、もっと虫取りがしたいとせがんでいた。
一方キッチンでは、レティシアとナツミが並んで調理台に立ち、その様子をリリアナがニコニコと見守っている。
「見どころはティア様かな。うちのママにオムライスの作り方を教わって、一緒に作ってるの」
ルルが肩越しに親指でキッチンを示した、その直後。
「ルルー! また王女様が手を切ったよ!」
キッチンから悲鳴が上がった。
「……見どころって言うより、目が離せないって言った方が正しいわね」
軽く息を吐いて、ルルはキッチンへと戻る。
包丁でスッパリと切ってしまったレティシアの指に手を重ね、回復魔法で傷を癒した。
「ルル様、申し訳ございません……! よもや私の右手には、刃物を握ると暴走する呪いがかけられているのやもしれません……」
「そうね。その呪いの名前は『不器用』よ」
呆れた声とは裏腹に、ルルは包丁を取り上げようとはしない。真剣な顔で再び包丁を握るレティシアを、ただ見守る。
「なんでまた、ティア様が料理なんて……」
「わかんない。うちのママを見るなり、『作り方を教えてください』って、ティア様の方から」
呟いたエヴァンに肩をすくめてみせるルルの隣で、リリアナが嬉しそうに微笑んだ。
「ナツミちゃんの作るオムライスは大人気ね。ノアちゃんも好きなのよ」
その言葉に他意はない。
しかし、ルルとエヴァンは同時に納得した。
「そういうことか」
「なるほどねー」
顔を見合わせ、にやりと笑う。
「え、何? ノア、王女様と付き合ってるの!?」
一升瓶をテーブルに置き、勝手知ったる様子で戸棚からグラスを取り出すオリヴィア。
「今日のお酒はいつもより美味しく飲めそうだわ。さぁ、詳しく話しなさいよ!」
なみなみと注いだグラスをリリアナに手渡し、目を輝かせた。
「……私がノアに作ってやる時は、人参は細かくみじん切りにするよ」
ナツミがレティシアの耳元でそっと囁く。
瞬間、レティシアの頬が桜色に染まった。
「オリヴィア! 私にも一杯おくれ! ほんとにもう、可愛いったらありゃしないね!」
母親たちは和気藹々と酒を酌み交わす。
「この家はいつも賑やかで楽しいね」
「退屈はしないわよね。普通じゃないけど」
エヴァンとルルは、揃ってリビングのノアへ視線を向けた。
「なぁなぁ、ノア! ノアとエヴァンとねーちゃんて、勇者なんだろ?」
「いや……」
「魔王ってどんな奴だった? カクさんみたいな感じ?」
「チョビ髭のおっさんだった。でもあれは――」
「チョビ髭の魔王! やべー! 怖ぇ!」
ノアはこの調子で、双子の相手をしている。
「あ、そうそう! ノアちゃんが勇者だってお城の人たちに言われた時ね、パパはすごくショックを受けていたのよ」
思い出したように、リリアナが両手を胸の前で合わせる。
「ほら、パパって勇者アレルギーでしょ? だから、ノアちゃんが勇者になったのは反抗期なのかな、って心配していたの」
「あぁ……ノアパパ、元魔王だもんね。やっぱり勇者とか嫌いなんだ?」
ルルが苦笑する。
「何にも悪いことしてないのに、見た目だけで判断して『自称勇者』が戦いを挑みにくるんだ、ってよくぼやいていたわ」
「確かにカクさんの見た目は、人間の生き血を啜ってそうだものね」
「ヤダー! そんな事しないわよぉ!」
オリヴィアの言葉に、リリアナは頬を膨らませた。
「……母さん。腹減ったんだけど」
双子に加え、背中にしがみついたトトをぶら下げたまま、ノアがキッチンへとやって来る。
「も、もう少々お待ちください! あとはケチャップをかければ……!」
「ケチャップで『♡』を描くのが、この村のしきたりよ」
「そうなのですね! かしこまりました!」
からかい半分のオリヴィアの言葉を真に受け、レティシアは慎重にオムライスにケチャップを乗せていく。
卵はぐちゃぐちゃで、少し焦げ目もある。描かれたハートも謎の古代文字のようだが、辛うじてそれはオムライスと呼べる代物だった。
「少々見た目が歪になってしまいましたが、ナツミ様にご指導いただきましたので、きっと味は大丈夫かと……」
差し出された皿。
ノアはスプーンですくって一口含み――思わず口元に笑みが溢れた。
「素材の味を全てケチャップでかき消すベチャベチャなチキンライスと、あってもなくても特に変わらないペラペラな卵。……うん、うまい」
二口、三口と次々に口へ運んでいく。
その様子を固唾を飲んで見つめていたレティシアは、突如胸を押さえて床に崩れ落ちた。
「ティア様!? どうしたの!?」
「か……っ」
咄嗟に駆け寄ったルルに縋り付き、レティシアは肩を震わせる。
「ノア様が……可愛すぎて……胸が……っ」
「めちゃくちゃ失礼なことしか言ってなかったのに……?」
再びノアに視線を戻すルル。
だが、幸せそうにオムライスを頬張る成人男性のどこに、胸を撃ち抜かれる要素があるのか、彼女にはさっぱり理解できないのだった。




