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狩人たちの新世界  作者: 竹岡匡司
第一章 旅立ち
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4. 測り合い

 コサの村では定期的に集会が開かれることになっている。作物の状態や収穫量、人口の変動、村周りの情勢、狼避けの香の数、そしてイレギュラーの発生等々。


 かつてのコサの村ではこの集会を通して帝国との綿密な連絡を介していた歴史がある。

 

 大した生産量のないこの村では、村人たちの愚痴や単なる世間話を交わすだけの形式的な場になりつつあるのだが。


 そんなコサの村では久方ぶりに()()()な話し合いの場が設けられた。


「さあアルシェよ、かの男について何を知っている?」


 首長のアイダはそう切り出した。


「私が彼、ユーゴについて知っていることはごく僅かですが、まず一つは彼はこの国の人間ではないということです。言語は通じるようですが聞いたことのない言葉や文化を持っています。それに私が狩ってきたものが鹿だと知って大層驚いていました。この国で鹿は当たり前のように食されているのに、です。また、この地方に限ることかもしれませんが、夜行狼の存在も知らないようでした。そして何より皆さんも驚かれたでしょうが、あの格好は近隣の国家であっても出回っているものとは到底思えません」


 アルシェはいっぺんに捲し立てた。


「では、そやつは遠方から来た、ということかえ?」


 アイダはアルシェの報告通りならば、ユーゴがレイル帝国外からの工作員であることを視野に入れた。


「その可能性は十分にあり得ます。しかしながら、彼との出会いは少々説明し難いところがございまして」


 そう、ユーゴは遠方から来た可能性は高い。だが、その遠方というのがもしやこの世界でないとしたら……。


「うむ、どんなものだったのじゃ?」


「飛んで出てきたのです。森の池から」


 瞬間、辺りが静まりかえった。これについてはユーゴもよくわかっていなかった。どうしてあんな状況にあったのか、当人すら理解できていない。


 アルシェの返答が思ってもないものだったからか、アイダは瞬きをぱちぱちと繰り返した後、口を開けて笑い出した。


「かっはっはっは!いきなり何を言い出すかと思えば、池から人間が飛び出してきた、とな。冗談の出来は母親譲りらしいのお」


 まわりの村人たちも釣られて笑い出した。


「人が池から飛ぶだって!?そりゃいくらなんでも信じられんぜアルシェよ」


「お前がそんな冗談言う野郎だとは思ってなかったぜ。見直したよ」


「魔術の使いすぎで頭までやられちまったんじゃねーよな?」


 口々に好き勝手言う彼らにアルシェは小さな怒りを覚え始めていたが、この場は()()()()()ではない。神聖な、審議の場なのだ。


「恐れながら、私の申したことに嘘偽りはございません。ユーゴは私の目の前で中空に打ち上げられ、私が魔術を用いて救出いたしました。信じられないのも無理ありませんが、事実なのです。その際の負傷も見せろと言われればこの場で見せましょう。あまり推奨はしませんが」


 これは少し大袈裟だった。両腕と両膝は確かにところどころ腫れていて、黒く変色している部分もあるがそう大層な傷でもない。


 だが、村人たちは夜行狼を相手に傷一つ負うことなく無く撃退するアルシェの底知れない力を知っている。

 そんなアルシェがそれほどの傷を負うような出来事に遭ったのであれば、一見冗談のようなこの話もあり得るのでは、と彼らは思い始めていた。


 なによりその説明をするアルシェの眼が、彼が真剣であることを物語っていると感じた。


 ざわつきが収まっていく。


「ふむ、なるほど。お主の様子を見る限りほんとうの事のようじゃな」


 アイダも顔の笑みを消して、神妙な表情になる。


「してアルシェよ、お主の目から見てかの男は何者だと思う?ロシェの関係者、ということはありそうかい?」


 ユーゴが魔術師たるものかどうか。アイダの問いはそれを意味する。


「おそらくそれはないでしょう。私の方でも少々確認いたしましたが、魔術どころか魔力についても知らない様子でした。先生の関係者であるならば、それはあり得ないことだと思います」


 霊獣のことは伏せることにした。

 ユーゴが今後どのような生活を送ることになるか定かでない今、魔術と同じかそれ以上に不透明な霊獣との繋がりを村人たちに脅威とされるのは好ましくない。


 それに、「霊獣(彼ら)と話せる」というのは不必要に他者に伝えるべきではないと思った。

 

 情報は口から口へ広まる。コサの村だって、全くよそ者が寄りつかないわけではない。興味深い力故に、災いが降りかかる恐れだってあるのだ。


「そうか。かの男が我らに害をなす、ということは無いと考えて良さそうかえ?」


「ええ。それほど器用そうにも見えませんでした。ですが、万が一のことがあってはなりませんので私の家に置くことを許可願います」


 今度はアイダがアルシェの眼を真っ直ぐに見つめてきた。


「つまりお主が彼奴を管理する、ということだな」


「はい。彼が何か不審な動きを見せようものなら、私が責任を持って対処いたします」


 アイダとアルシェの視線が交差する。

 アルシェにとってユーゴは気さくな男であるが、村人たちにとっては不審な余所者でしかない。


 彼を招き入れるリスクはゼロとは言えなかった。


(やはり厳しいか)


 沈黙が流れる。

 それを先に破ったのは、眼前の村の首長であった。


「良かろう。かの男、ユーゴといったかえ。彼奴の滞在を許可する。その代わり、村の男衆の何人かにも彼奴を見張らせてもらう。我らの信用を得るまではな」


「………はい!許可いただきありがとうございます」


 咄嗟のことで思わず反応が遅れてしまったが、なんとか許されたようだ。


「お主自身が言ったように、何かあればすぐに対処する。お主がいるならば真っ先に彼奴を斬らせる。そのあとはアルシェ、お主だ。良いな?」


 アルシェを貫くのは力の籠った藍色の瞳だ。この村の人々は皆褐色の肌と、湖のような濃い瞳を持ち合わせるのが特徴だ。

 アルシェは以前から、アイダの眼は一際深い色をしていると思っていた。


「はい。肝に銘じておきます」


 そうして、この臨時審議会は閉廷したのである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 集会所を出た頃にはすでに日が落ちかかっていた。


 はあ、とアルシェは一息ついた。正直なところ、ユーゴについて納得させるのは難しいと思っていた。

 彼を信頼させるに足る情報が少なく、アルシェの主観をどこまで捻じ込むかの勝負だった。


 この村の首長アイダはそういう意味で喰えない女性である。


(あの人のはアバンズのような威圧的な視線じゃない。相手を測る眼だ)


 アイダの息子にあたるアルシェの父、ギンはアルシェがまだ言葉も話せないくらいの頃に亡くなっている。


 二人の関係がどんなものだったのかアルシェは預かり知らぬところだが、村の余所者と結婚し子まで作った父とそれを産んだ母のことはよく思っていないかもしれない。


 これまで孫息子だからといって甘やかされた記憶はないし、彼女から両親の話も聞いたことがなかった。

 

(僕相手だからお婆様はもっとごねると踏んでいたんだけど)


 これはどうやら杞憂だったようだ。とにかく、正式な許可も取れたことだしユーゴのもとへ報告に行かなくては。

 

 アルシェの家は村の中心部分から少し外れて、麦や芋の田畑を挟んだ先に位置している。

 元はアルシェの師、ロシェが暮らしてた場所を死後アルシェが継いだ形になる。


 村の門は現在一つで南側に設置されており、アルシェの家はその反対側の北側に置かれている。

 万が一北側からの夜行狼や何かしらの敵対物が侵入してきた場合、真っ先にぶつかるところだ。


 そこに関して文句はない。

 アルシェが本気を出せばこの村の誰よりも強いのは明白で、食糧確保だけでなく防衛人員としての立場が確立されているのもあって、アルシェはこの村にいられるのだ。


 暗い砂利道を歩く。家々を抜けて、田畑を脇目に進んでいく。

 

 今宵の空は雲一つない綺麗なものだった。星が鮮やかに光り輝き、夜を照らす。

 月光を辿って家の前の林道を通り、木々を抜けるといつもの我が家だ。


 そこで何かが佇んでいるのに気がついた。


「ん?ユーゴ?そこで何してるんだ」


 ユーゴが入り口の前であぐらをかいている。

 こちらに気づくとゆったりと立ち上がって、手を振った。


「遅かったじゃねえか。心配したぜ」


 その声はどこか沈んでいる。


「うん。でも思ったより早く済んで良かったよ。ていうか、そんなとこで何してるのさ」


「ここ、お前の家ってほんとか?」


 頭にハテナが浮かぶ。


「そうだけど、どうかした?」


 ユーゴの様子が少しおかしい。やはり待たせすぎただろうか。それともお腹が空いて待ち切れないのか。

 どっちにせよ、夜の暗がりのせいもあるかもしれないが、やけに表情が硬く見える。


「どうかしたって、ここ家というより廃屋じゃねえか。天井もところどころ開いてるし、立て付けもボロボロ。俺はこの村の状況とかよく分かんないけど、これはあんまりだ。少なくとも道中で見た家はどれもしっかりしてたし、それに、こんな場所で一人って……」


 そこまで言ったところで、何かに気づいたのかユーゴははっとしたような顔をした。


「いや、すまん。人の家のこと、どうこう言い過ぎた。廃屋とかいくらなんでも酷いよな。ほんとごめん」


 そうしてユーゴは頭を下げた。


「いーよ、そんな頭まで下げなくても。ていうか実際その通りだしね。そんな罪悪感まで覚えてくれるだけで、なんか救われた気になるよ」


「救われたって、お前、俺がいうのもなんだけどお人好しすぎやしないか?」


「ふーん、そういうこと言うかね。あー、確かに廃屋は酷いよなあ。これでも僕が長年住んでる家だってのになあ」


 昼間とはまるで違うユーゴのしょげた様子に、なんだか意地悪したくなった。


「いやっ、それに関しては、ほんとすんません」


 肩を落とすユーゴを見てると、なんだか笑えてきた。


「ふっ、ほんとだよ。てかさ、そんなとこでしょぼくれてないでとりあえず中入ろうよ。僕全然気にしてないし。それよりも、君の今後とか、お互いのこととか色々話そうって決めてただろう?」


 アルシェは明るくそう答えた。気にしてないのはほんとだし、むしろユーゴのこういう姿勢は好ましい。

 彼の素直さを信じられたから集会でお婆様を説得できたのだと思う。


「そうだったな。じゃあお邪魔しちゃおうかな」


「邪魔するなら入ってほしくないんだけど」


「ええっ!?そいつは勘弁してくれよー。てかこいつナチュラルに大阪人出して来たな」


「相変わらず意味わかんない」


 二人は軽口を叩きながら家へと入っていった。


コサの村のイメージ

→集会所を中心に村人たちの家が円状に広がる。その周りに田畑があり、木々がポツポツと生い茂る。北側にはちょっとした林があり、そこを抜けるとアルシェの家。

村は棘付きの柵に囲まれており、所々狼避けの香を炊く場所がある。

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