3. コサの村
「この珍妙な男はなんだ、アルシェ」
村の門に着くなりアルシェとユーゴはある男に止められた。
村一番の巨体。革鎧の上からでもわかる分厚い胸板。掴まれたらひとたまりもなさそうな太い腕に大きな手。
コサ村の門兵がひとり、アバンズである。
やいのやいのと話しながらやってきた二人は、その体躯と眼力を前に思わず口を噤んだ。
「やあ、アバンズさん。この人はちょっと訳ありでさ、話すと長くなるからできれば中でみんなに聞いて………」
「何者だと聞いている」
(うん、まあそうなるよね)
とアルシェは心の中でひとりごちる。
アバンズの隣に立つもう一人の門兵も、何やら興味深そうな顔をしていた。
まあ、誰が門兵をしてても今の状況ではユーゴを通そうとは思えない。この男の異様さに関して説明が欲しいのはアルシェも同じだ。
(どうする……なんて説明するのが正解なんだ?僕もまだユーゴのことはてんで分かってないし)
村一番の頑固者であるアバンズに下手な誤魔化しは効かない。
気まずい沈黙が流れ始める。
「えっと、その、」
うまく言葉が出てこない。アルシェが焦りを感じ始めたその時
「はじめまして!俺はユーゴって言います。森で道に迷っていたところをアルシェに助けて貰いました。こんな格好だから怪しがるのは無理もないし信用しろってのもあれですし。今日のところは適当に野宿します。ご迷惑お掛けしてすみません」
突然、そう言ってユーゴは頭を下げた。
「ユーゴ!?何言ってるんだ!この辺りのことを何も知らないのに、野営なんて危険すぎる!」
いきなりのことで動揺したが、それ以上にアルシェを戦慄させたのはユーゴの素っ頓狂な提案だった。何しろ、この近辺での野営は危険すぎる。
村周りは昼こそ穏やかで、子供たちが出歩いても特に問題はない。が、夜になると話は変わる。
夜行狼たちが動き始めるからだ。
夜行狼は各地の森林を起点にとても広い範囲を縄張りとする非常に獰猛な種であり、同種同士での縄張り争いも絶えない。
コサの村では夜になると村の外周に狼除けの特別な香を焚く。彼らはその匂いを嫌うため、その場所には近寄らない。
しかしこの香は人間にも害が及ぶ。微量であれば酒を煽いだ時のような酩酊感だけで済むが、体内に吸収されればされるほど、体の感覚が希薄になり最後は死に至る。
それ故に村の外囲いを広く設置し、家屋は全体的に中心に寄っている。
では、その村に入れない場合はどうなるだろう。答えは簡単。狼たちに無惨に喰われて終わるのだ。
「ふん、やはりこの土地の事さえ碌に知らない、ただの大馬鹿者だ。狼に食われるか、香の毒に侵されて死ぬだろうよ。お前はよそ者を連れて厄介ごとを起こすのが好きみたいだな、アルシェ」
アバンズは鼻を鳴らしながら、薄目でアルシェを見やった。
アルシェはアバンズの目を正面から見据えた。ほのかな怒りを込めて。今の言葉は聞き流すことができない。
「厄介ごとって、あんた、ロシェ先生のことを言っているのか」
空気がピリッと張り詰めた。
ロシェ。
10年前、村にやってきてアルシェに魔術を教えてくれた師匠。
排他的な村人たちは彼のことを邪険に扱いつつも、狼除けの香の作り方や効率的な田園の形成に貢献してくれたロシェのことを、いつしか一目置くようになった。
だが、魔術を扱えない村人たちにとってその存在はやはり不気味だ。彼を快く思わない村人も少なくなかった。
アバンズは何も答えない。代わりに長槍を掴む右手に力が込められるのが見てとれた。
アルシェもただならぬ空気を纏っている。糸が切れた途端爆発するような、緊張感が滲み出ている。
「ストップストップ!その辺にしときましょうや。なあ、アバンズの旦那」
そこで思わぬ横槍が入った。その場にそぐわない、軽くて飄々とした声音。
「パリス、貴様の出しゃばるところではない」
もう一人の門兵、パリスと呼ばれた男はアバンズとは正反対のひょろっとした、ユーゴでも勝てちゃいそうな雰囲気を纏っていた。
「まあそうかっかしないで。アルシェちゃんの話も聞いてあげましょうよ。この妙な男はとりあえず俺がアルシェちゃんの古屋へ案内しとくんで。このままおっ始められても困りますし、収拾つかずに暗くなっちまったらもっと嫌ですし」
そう言いながらパリスは森の方へ目を向けた。
パリスの言わんとしているところが伝わったのだろう。アバンズは手の力を緩め、門を塞いでいた体を退けた。
内心で納得はいってなかったが、パリスの言うことももっともであったので渋々従うことにしたのだ。
シンプルな腕っぷしだけで言えば、この村でアバンズにかなうものはいない。だがアルシェにはロシェという老魔術師が残していった魔術知識がある。
本気でやり合えば無傷では済まないだろう。アバンズはそう判断した。
「ふん、勝手にしろ。こいつらが村の中で問題を起こそうものなら、すぐさま叩き切ってやる」
「そうそう、俺たち二人でなんとか出来ますよ」
その会話を聞いたアルシェは呆然としていた。
あのアバンズが、自分より体格が遥かに劣っている相手に対して、素直な対応を取ることは予想できなかったからだ。
それに、このパリスという男を前にすると何故だか妙な感覚になる。確かにこの男は門兵だが、知り合いと言われるとどこか違う。
人口が百人に満たないこの小さな村では、誰も彼もが見知った顔のはずなのに。
「つーわけで、とりあえずそこのあんちゃん、俺について来な」
そう言ってパリスは背を向けて歩き始めた。
「え、あー、はい。なんだか拍子抜けだなあ。まあ、とりあえずまたな、アルシェ」
村に入れると思っていなかった分、ユーゴもどう反応して良いかわからないようだった。
「うん。じゃあ、また」
手を振ってユーゴが中に入っていった。
「ふん、お前もさっさと入れ」
脇に立つアバンズは気に食わなそうな顔をしていたが、アルシェは無視して門をくぐった。
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「えーと、ユーゴっていったっけ。君、何者?」
前を歩くパリスが問うてきた。
「何者、なんすかね。自分でもよくわかんなくて」
実際、ユーゴ自身にも自分をどう説明するべきか分からない。
定時になって会社を出て、行きつけのラーメン屋に向かう途中で、脇を通った車に水たまりの泥水をぶっかけられたところまでは覚えているのだが。
なにがどうなったのか気づいたら溺れそうになってて、空に飛ばされて、地面に寝かされていた。
東京の路地からいつの間にか知らない異世界の森の中。隣には明らかに日本人ではない美少年。ついでにユニコーン。
ユーゴこと門松優吾は元来の能天気で楽観的な性格ゆえ、とりあえず会社に出社するどころじゃないことと、異世界にいるこの状況に楽しさすら感じていたが、冷静になるにつれ頭が痛くなってきていた。
「ふーん、記憶が飛んじゃってるとか?ま、その様子じゃどっかの国の刺客とか構成員じゃないのは見てとれるんだけどさ」
ふとユーゴは思った。
「あの、さっきもそうですけどどうして俺のこと、その信じてくれるっていうか、もっと疑わないんですか?いやほんと、ありがたいんすけど」
「なに、ユーゴちゃん、もっと疑って欲しいの?」
パリスはニヤリと笑いながらこちらに顔を向ける。
「いえいえ、俺はほんと身なりが変なだけの人畜無害人間ですので!変なこと聞いてすんません、へへ」
まずい。これは墓穴を掘ったかもしれない。
「ふはっ、君おもろいねえ。ま、そういうことにしといてやるよ」
「どうもどうも」
(あっぶねー!俺がこの10年間、社会で生き残るべく磨いてきたすっとぼけスキルが役に立ったぜ)
ただでさえこの異世界において右も左も分からず、小さな村の中でも立場が危ういのに、下手に色々疑われては生きてゆけまい。
(とりあえずアルシェと落ち合うまでは大人くししていよう、大人しく)
心の中でそう誓っていると、前のパリスが足を止めた。
「さ、ついたぜユーゴちゃん。ここがアルシェちゃんの住む家だ」
「え、」
これが、アルシェの、家…………?
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日はすでに傾き始めており、西から入る光が部屋に影を落としている。
アルシェは今村の集会所の審議室において、その中央に立たされていた。
ざわめきが聞こえてくる。妙な男が村をうろついてるだの、国の役人の調査らしいだの、アルシェがまた馬鹿をやっただの、まがいものが厄介を連れてきただのと。村人たちの噂話は絶えなかった。
(まがいもの、か。結局俺はこの村では異物でしかない)
分かってはいたがこうして目の前で晒されると、自分を改めて理解させられる。本当の意味でのコサの一員になることはこれからもあり得ないのだ、と。
審議室の奥の方から男が数人出てきた。それと同時に、村人たちの囁き声も遠くなっていく。
最後に出てきたのは、杖を片手に持った老婆だった。特殊な意匠をかねた首飾りをかけたその老婆はコサの村の首長、アイダである。
「さて、これはどういう集まりだね。アルシェよ」
齢八十を越えているであろう老人とは思えない、鋭い眼つきをアルシェは正面から見据えた。
「お婆様もお耳にしていることと存じますが、今日この村に招いたある男について、その説明をした後処遇を決めていただきたく参りました」
それを聞いたアイダは、何か面白いものでも見つけたかのような光をその瞳に写した。
「ほう、説明と処遇とな。良い、可愛い孫の頼みじゃ。皆、アルシェの話を聞こうぞ」
「感謝申し上げます。では、、、」
(あー、ほんとなんて説明しよう。帰り際にもっと話を聞いておくんだった。なんで一角馬と鹿の話しかしてないんだよ、僕たち)
堂々とした応対とは打って変わって、内心冷や汗が止まらないアルシェであった。
コサの村
→人口約百人程度の小規模な村。主要な生産品は麦と芋。以前は帝国との繋がりも強く、村の規模も大きかったため麦の交易拠点としての名が大きかったが、帝国の軍備拡大と度重なる戦争の過程でコサ村の人員も減少し、国土拡張の影響も重なり辺境のこの村はいつしか人々の間から忘れ去られてしまった。




