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狩人たちの新世界  作者: 竹岡匡司
第一章 旅立ち
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1. ド派手な登場

 閑散とした森の中、一人の男が弓を構えていた。

眼前には一匹の獣。木漏れ日の中、気持ちよさそうに瞳を閉じている。

 艶やかな体毛に滴る水滴が、キラキラと反射している。すぐそばの池で、先ほどまで水浴びでもしていたのだろう。

 

 男の名は、アルシェ。流れるような銀髪に、褐色の体躯、そして透き通るほど鮮やかな翡翠の双眸。

 アルシェは限界まで引き絞った弓を、その手から放った。トスっと音がしたかと思うと、獣はその場に倒れ込んだ。痙攣はしなかった。

 

 ふう、とアルシェは息を吐いた。獣は一撃で絶命していた。おそらく苦しむ間も与えなかったことだろう。

 その一矢はただの矢ではではない。微力な魔力を込めることで、速さを底上げしている。

 貫通させることもできるが、それではせっかくの素材が台無しなので、調整は大事である。


「一滴残らず、糧にさせていただきます」


 両手を拝むように合わせて、アルシェは祈った。

特に信仰している神はいないが、これは彼にとってのルーティンだ。

 慣れた手つきで解体を進める。

取れた素材、肉や毛皮、臓器、その他もろもろ。

 これらを近隣の村に提供するのが、アレシュの仕事だ。いや、仕事というよりは、取引の方が正しいか。

 

 この見た目に加えて、魔力持ち。村の衆にとっては、忌々しい恐怖の対象でしかないだろう。

 アルシェは狩った獣を村に定期的に卸すことで、食い扶持と、近隣に住むことを許されているが、自分で狩った獣を食べれば良いのだから、別に彼らと共存する必要は本来ない。

 だが、ここは父の故郷であり、母が愛した土地でもある。そして、自分救ったあの人が、守った場所だ。


 だからこそ、どんなにいびられようとも、彼らのためになることをするのだ。

 

 ピィーっと指笛を鳴らす。すると、モヤのようなものと同時に、一本の角を持った獣が姿を見せる。  

 この一角馬(ウーノス)は「霊獣」、この世界における特別な生物である。現世にありながら、現世にあらざる存在。

 普段は魂だけの形を保ちながら、現世に姿形を晒すことで、その実体を完成させる。実体の構成要素は魔力が主たるものである。


「今日もよろしく頼む、相棒」


 その純白の体を優しく撫でた。

 ヒンっと一角馬は嬉しそうに鼻を鳴らす。備え付けられた荷台に、先ほど狩った獣の素材を乗せる。

 

 アルシェは背に飛び乗って、腹を小突いた。パカパカと規則的な音が、静かな森に流れる。

 時折鳥たちのさえずりが響いて来て、なんとも心地が良い。


 しばらく進んで、そろそろ街道に繋がる道に出るかと思った時、突然、真下の一角馬が立ち止まった。

 アルシェはつんのめって、思わずその頭に抱きついた。角に顔がぶつかって痛い。


「どうしたんだ、急に」


 アルシェは顔をしかめながら尋ねた。

 すると、一角馬はヒンと鼻を少し鳴らしたかと思えば、きゅっと方向転換をして先ほどの狩場へ駆け出したではないか。


「いや何!?どういうことだよ!」


 もはやアルシェのことはガン無視である。

 一角馬は、知性はかなり高いために、荷台を傷つけない程度の速度で、しかし一直線に走っている。

 アルシェはこれ以上の追及を放棄した。もういい。なるようになれ。

 そして狩場に戻って来た時、ふと違和感を覚えた。

 

(なんだこれ。空気が、なんていうか、濁ってる…?)


 明らかに異質な空間が形成されている。何かに直接作用しているわけではない。が、どうにも落ち着かない。


(これ、池か。池の周囲の魔力がなんか変だ)


 魔力というのは、どれだけその性質が近しいものであっても、別のもの同士が完全に混ざり合うことはない。持ち主から漏れ出した魔力が、互いに近くに漂うだけだ。

 例外として、呼び出した者の魔力を媒介とする霊獣がいるが、基本的には魔力は個々の存在に帰属する。

 

 はずなのだが、池から発せられているであろう魔力と、大気中に存在するいくつもの魔力が、混ざり始めている。


「こりゃ一体、どういうことなんだ」


 アルシェが池に近づこうとした時、ごちゃついていた魔力同士が、一つになった。

 というか、池の魔力が大気中の魔力をまとめて喰ったような……。

 

 そして、()()()池にぽちゃんと落ちた。実際にそんな音はなっていないが。


 後ろにいる一角馬が、しきりに鼻を鳴らし始めた。

その眼は池を、おそらく池に落ちた魔力を見据えている。

 アルシェは生唾を飲み込んだ。何かが、来る。


 と思ったら、ドボーンっと大きな音がした。


(爆散した!?)


 大量の水飛沫が顔にかかる。そして、上を見上げて唖然とした。

 水の柱、そして一人の人間がその柱に押されるようにして、宙に打ち上げられた。


「嘘だろ………」


 かなりの高さだ。この森の大木よりもはるかに高い。

 それでも、このままあの人間を見捨てるわけにはいかない。かつて、窮地の自分を助けてくれたあの人のように。


 だが実際問題、どうするのが適切なのか。残念ながらアルシェには飛行魔術は扱えない。

 かといって、かなりの速度で落ちてくるであろう人間一人を支えられるほどのフィジカルも足りない。身体強化したところで、互いの衝撃も計り知れない。


「一か八か、やるしかないか」


 アルシェは覚悟を決めた。池の位置を確認する。

そして自身に身体強化の魔術を施す。


 体中から力がみなぎってくるのを、ひしひしと感じた。足のつま先まで魔力が通い切った、と思った瞬間、思い切り地面を踏み締めて、飛び上がった。


 あっという間に空中へ。そして、落下し始めて間もない人間を抱え込む。

 それでも上と下のエネルギーだから、相殺できず腕に相当の衝撃が来た。が、怪我の心配をしてる暇はなかった。

 

 すぐさま新しい魔術を付与する。浮遊魔術。

体がふわっとした感覚に包まれた。まあ、一瞬だけなのだが。


「そりゃそうだよなあ」


 ぶっつけ本番の浮遊魔術。飛行魔術を会得するために必要な魔術なのだが、それも最近学び始めたのもあって、今はほんの少ししか浮くことができないのだ。

  

 だがその少しがアルシェの命運を分けた。僅かな時間を使って体の体勢をずらし、落下軌道を変えたのだ。狙いは池。


「あの池って、どれくらいの深さだっけなあ」


 そうして、再び、否、さきほど以上の水飛沫と柱が出来上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 目が覚めると、池のそばの木の根元に寝かされていた。

 何が、どうなったんだっけか。記憶を辿り、情報を整理する。体はびちょびちょ。節々、というか腕がめちゃくちゃ痛い。背中も打っている。


「あー、そうだった。空から池に落ちたんだったな」


 一角馬が急に走り出して、池が変で、水が噴き出して、それで…………

 ハッと、アルシェは思い出したかのように辺りを見回す。あの人間は、どうなったのだろうか。


 まさか、助けられなかったのか。

 そんな最悪な想像をしていると、横からぬっと一角馬が出て来て、頬をすりすりして来た。


「もしかして、お前が水から引き上げてくれたのか?」


  意識が無かったことを鑑みると、自力でここまで来たとは考えにくい。

 どうやら当たっていたみたいで、一角馬は、褒めても良いよ、なんていうようまた顔を擦り寄せて来た。


「そうかそうか、ありがとな」


 そういうと、ヒヒンと嬉しそうに鼻を鳴らしていた。

 

「て、そうじゃなくて、あの人間はどうなった?」


 アルシェは再び不安に襲われた。が、それは杞憂だった。

 草むらから、一人の人間が這い出て来た。その男ははなんとも珍妙な格好をしており、とてもこの国の人間には見えなかった。


 男はアルシェに向かって歩いてくる。

見たところ武器などは持ってなさそうだが、あくまで他人だ。なにか動きがあれば、すぐに対処できるように体勢を整える。


 男は無警戒にもゆったりとこちらに近づき、そして、気づいたら体を丸めていた。


「この度は、誠にありがとうございました!あなたのおかげでどうやら命を取り留めたみたいですね。ほんと、ご迷惑お掛けして、すみませんでした!!」


「は?」


 思わず口から漏れていた。

 この男、今、僕に感謝して、それで謝ったんだよな。して、この奇妙な姿勢はなんだ?


「申し訳ありません!聞こえにくかったのですね。ではもう一度、この度は誠に…」


「いや、あのそれはもう良いから。それより、何その珍妙な姿勢」


 もう一度あの、やかましい感謝と謝罪をされそうになった件は置いといて、どうしてもこの変な姿勢が気になって仕方がない。


 男はその姿勢のまま、顔を上げた。頭に疑問符を浮かべているようだった。


「はあ、珍妙な姿勢。もしかして土下座のこと、ですか?」


「え、ドゥゲー、なに?なんて言ったの?」


「な、まさか、あなたは土下座をご存じない?この洗練された美しい土下座を知らないのですか?」


 男はまるで雷にでも撃たれたかのような、そんな表情をしている。


「いや、知らないけど。聞いたこともない言葉だし」


 そういうと、男は上体を持ち上げて、普通に座った。というか、何か考え始めた。ぶつぶつと聞こえてくる。


「となると、ここはもしかして。さっきもあの動物が言ってたしな。てかそもそも動物が話せるのおかしいし、あーでも言語は通じるんだよな。なんでだ、絶対この子日本人じゃないし。どっからどう見てもヨーロッパ系のイケメンだよなあ。はあー、またイケメンかよ…..」


 ところどころ知らない単語が聞こえてくるが、要するにこいつ、この国の人間ではないよな。

 服装も、文化もまるで違うみたいだし。


「あの、俺、門松っていってもあれか。えーと、ユーゴっていうんだけど、君の名前を聞いても?」


 正直、見知らぬ人間に名を明かすのは躊躇われるのだが、自分が助けた手前、ある程度は世話をするべきかもしれない、とアルシェは思い始めていた。

 なんていうか、こいつバカっぽくて害無さそうだし。


「僕は、アルシェ。アルシェ・オルガ」


 それを聞いたユーゴは、嬉しそうに目を見開いて、微笑んだ。気づいたら手を握られている。


「そっか、アルシェっていうんだね。良い名前だなあ。あ、それともオルガって呼んだ方がいいかな。というわけで、これからよろしくね」


 腕をブンブン振られながら、そんなことを言われた。これからよろしく、か。


 なんだか奇妙な男と知り合ってしまったみたいだ。

アルシェの頭の中は、このユーゴとかいう男を村の衆にどう伝えようか、ということで頭が一杯なのであった。





 







 

 






アルシェ・オルガ(???歳)

→霊獣を呼び出すことのできる青年。弓を扱うことを得意とし、魔術を用いた絡め手も繰り出す。かつて人間に助けられた経験から、目の前で困っている人の手助けを信条としている。


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