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ラーメンお嬢様 〜全部のせ一万円ですわ!〜

作者: 江藤ぴりか
掲載日:2026/01/13

 俺の知る限り、お嬢様というのはラーメンを知らなかったはずだ。

 しかし、原材料高騰や人件費の高騰により、ラーメンが一杯五千円にまで値上がりしてしまった!

「昔はかけでも一杯千円もしなかったのに……」

「オーッホッホ! ラーメンはトッピング全部のせが基本ですわ!」

 庶民をあざけるように、西園寺麗華さいおんじれいかお嬢様は、ラーメンにハマっていた。


「店長、今日も客、来ないっすね」

「仕方ねぇよ。ハイパーインフレってやつだ。おっ?」

 電話が鳴り、店長が対応する。

「はい、とんこつ亭! あ、これはこれは西園寺さん。ええ、ご学友とこちらに? 人数は五人? こっちはいつでも歓迎しますよ! ええ、お待ちしてます」


 受話器を置き、店長は俺に指示を出す。

「いつものお嬢様だ。人数は五人。今から十数分後にこっちに来るってよ。麺の用意と、トッピングの在庫、確認しろ」

「店長、張り切ってますねぇ」

「当たり前だ。ったく、学生街に店出して、正解だったぜ」

 お嬢様が卒業したら、店が潰れるのではと思ったが、黙っておこう。


「煮玉子、チャーシュー、海苔にネギ。餃子もあるな。トリュフオイルと金箔……いけるな。店長、トッピングとサイドの在庫はオッケーです」

「おうよ! いつでも迎えられるように、机でも拭いてけ」

 俺は言われた通り、カウンターとテーブルに布巾をかける。

 そうこうしているうちに店の扉が勢いよく開かれた。


「タイショー! ラーメンと餃子、それぞれ五人前お願いしますわ! ラーメンはもちろん、全部のせで!」

「らっしゃいませー!」

 西園寺麗華。日本有数の有名企業の由緒あるお嬢様だ。

 なんの気まぐれか、普通の私立高校に通う、地元ではちょっとした有名人でもある。

「西園寺さん、僕らがちゃんとしたとこのラーメンなんて食べてもいいの? 怒られない?」

「何を言うんですの。誰が何を食べても怒られなんてしませんわ!」

 ご学友の懸念も、もっともだ。

 今では社会人が、年に一回食べられるかどうかの代物しろものになってしまっている。


 お嬢様たちはテーブル席に座り、ラーメンを待っている。

 俺も餃子の準備をしつつ、その様子を観察する。

「しかも、餃子って……一皿三千円もするよ?」

 四人は肩身が狭そうにソワソワしているが、お嬢様は堂々としていた。

「あら、そうですの? わたくし、値段なんて気にしたことありませんわ」

 メニュー表に驚く四人は、全部のせの値段にも驚嘆する。

「えっ、かけで五千円なのに全部のせだと一万円じゃん。そんな、奢ってもらうなんて悪いよ……」

「いいんですの。わたくしたち、お友達ですもの。お友達と馴染みの店で食べたかったんですのよ」

「西園寺さん……」

 ジーンとしているところ悪いが、俺もご相伴しょうばんにあずかりたいとこだ。

 なにせ、まかないでラーメンなんて食べられないからな。……昔でもまかないでラーメンなんて太るから、食べなかったが。


「はい、ラーメンと餃子、おまちぃ!」

「これが店のラーメン!」

 白い豚骨スープに細麺。チャーシュー、煮玉子、海苔にネギ。中央には贅沢にも金箔が乗せられている。

「伸びてしまいますわよ! まずはこうして香りとスープを楽しむんですのよ」

 レンゲの上に濃厚なとんこつスープ。それを鼻で楽しみ、レンゲに口をつけた。

「んんー! トリュフの香りと甘いとんこつがベストマッチですわ!」

 ご学友もそれにならい、スープをすする。

「トリュフってのは分からないけど、おいしいね!」

 そうだろう、そうだろう。

 トリュフオイルの原価で、昔はラーメン三杯食えたんだ。それに、これは店長が十年かけて開発したスープなのだから。

 店長も腕を組み、満足そうに眺めていた。


「次に固めの麺を食べるんですの。トッピングはその後の楽しみですわ!」

 ずるるっと一気に麺を流し込み、咀嚼そしゃくする。

 するとスープと麺が口の中で踊るのだ。

「じゃあ、僕も」

「……私も」

 小気味良い麺のすする音。

 ラーメン屋はこうでなくっちゃ。


「こうしてたくさんの客の顔が見れるって、ありがたいっすね」

「だろ? お嬢様は細麺好みだが、太客ってやつさ」

 ウインクする店長に、うまいこと言ったつもりかと返しそうになった。


 お嬢様は、トッピングのチャーシューに箸をつける。

「ごらんくださいませ。この厚切りのチャーシュー! こんなに厚切りなのはここでしか見られませんことよ」

「わあぁ!」

 ウチのトッピングのチャーシューは一枚だけと少ないが、その分厚切りにしてある。醤油、青ネギ、生姜、みりんなどの調味料に半日煮込んだこだわりの一品だった。

「すごく、ジューシーだね!」

「うん、こんなの学食でも食べられないよ」

 ご学友は食堂で昼食を摂る派なのか。

「? 学校でもラーメンが食べられるんですの? 知りませんでしたわ」

 お嬢様はウチのようなラーメンしか食べたことがないらしい。

「うん。っていっても特別な日しか食べないけどね。ここより簡素だし、金箔なんて乗ってないし。西園寺さんの舌を満足させられないかも」

「オーッホッホ! わたくしのようなブルジョワには『とんこつ亭』が一番ですわ!」

 昔を知っている身からすると、不思議な会話だ。


 ウチだって昔は学生やリーマンで賑わう、普通の庶民の店だった。

 バイトも五人はいたし、店長も客と向き合っていた。

 それが今では、古参バイトの俺と店長の二人で店を賄えるようになった。

 俺が店でやっていけるのは、このお嬢様のおかげかもしれない。

 餃子もおいしそうに食べてくれている。それ、俺が焼いたんだぜ。

「ぐす……っ」

「何泣いてんだ、バイト」

「いや、こうしてここで働けているのも、あのお嬢様のおかげかなって」

「……そうだな」

 店長が黙って俺の背中をさすった。


「お会計をお願いしますわ!」

「へい、まいど! お会計、六万五千円っす」

「ブラックカードでお願いしますわー!」

 タッチ決済を済ませ、得意げな顔で支払いを済ませていた。

「西園寺さん、ありがとう。ラーメンってあんなにおいしいんだね」

「家で食べる袋麺と大違いだったよ」

「袋麺ってなんですの?」

 お嬢様は相変わらず、インスタントには疎いらしい。

「今度、ウチでごちそうするよ」


 お嬢様たちを見送り、店内には俺と店長の二人きりになってしまった。

「……なぁ、バイト」

「なんすか、店長」

「今月の最高売上、突破だ」

「やった。お祝いに、今度まかないでラーメン食べさせてくださいよ!」

「調子のんな」

 バシンと頭をはたかかれ、俺は笑う。


 俺たちのラーメンは、もう庶民のものじゃない。

 それでも、今日も鍋に火を入れる。

 なぜなら、この店のラーメン文化は――ラーメンお嬢様が守っているからだ。

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