第92話 スニーキングミッション
「レザンのクーデターを防げなかった埋め合わせが少しは出来たかしら」
「とにかく時間がない。ミカ、案内を頼む」
「任せて」
俺たちが動こうとしたそのとき、ホテルの階段を駆け下りて来る影があった。
「フルスト様!」
リリィだ。
「どうしてここに? 部屋で待ってろと言ったじゃないか」
「待てるはずがありません! メル姫様を助けに行かれるのでしょう? フルスト様はまた危険な目に……!」
「大丈夫だ。俺は一度死んだようなものだからさ。このくらい大したことじゃない」
「ですが……!」
「メル姫を見殺しには出来ない。リリィだってつい昨日、一緒に遊んだばかりじゃないか。あんな幼い子を犠牲にするわけにはいかないだろ」
「それはそうです。でも、あなたは私の補佐役です。主君を置いていくのですか」
「だけど――これはあの時レザンを取り逃がしたステイナー領の落ち度でもある。リリィが責任を問われる可能性だってあるんだ。どうしても俺は行かなきゃならない」
「……意志は固いようですね」
「ああ」
リリィはまっすぐに俺を見た。
そして一瞬だけ目を閉じ、そしてもう一度開け、言った。
「では、ステイナー領の領主として命じます。フルスト・ロウ。必ず生きて帰りなさい」
「……そのご命令、かならずや果たしましょう。リリィ・ステイナー様」
俺は膝を折ってリリィに一礼した。
その様子を見ていたミカが、待ちかねたように咳払いをした。
「邪魔するようで悪いのだけれど、時間が無いわよ、フルスト」
「分かってる。それじゃあな、リリィ」
「……はい、フルスト様」
俺とミカはホテルの出口へ向かった。外へ出る直前に背後を振り返ると、リリィが俺を見つめていた。俺はその視線を振り切るようにホテルを出た。
「走るわよ、フルスト。ついてきて。遅れないようにね」
「それはこっちの台詞だよ」
「どうかしら?」
そう言ってミカは歩調を速めた。一見すると普通に歩いているようだったが、それは普通の人が全力疾走するよりもはるかに速かった。
俺は驚きながらも、ミカに続いて足を速めた。
ロザワル領の夜の街頭は静かで明かりもなく、外に出ている人間はいなかった。
クーデターだって言ってるときに外へ出るような人間もいないよな。当たり前か。
メル姫が囚われている城へ近づくにつれて、兵隊らしき人物が増えてきた。
「……ロザワル領の兵士か?」
俺たちは建物の陰に隠れながら、城へと続く一本道を見張る兵隊を観察した。
「そうね。ただ、レザンが用意した兵という可能性も捨てきれないわ。見て、あの兵士の腕のところ」
「腕?」
ミカに言われてそちらを見ると、赤いスカーフのようなものを巻いていた。
「正規軍と区別しているのかもしれないわ。同士討ちになると大変だもの」
「なるほどな。だけど、どうする? この道を抜けないと城へは行けないぞ」
「裏口があるわ。用水路沿いに歩いていけば辿り着く。そこから侵入できるはずよ」
「その後は?」
「自分で考えなさい。あなたに協力を依頼したディシズム卿と合流してメル姫を救出するというのが現実的かと思うけど、それ以上に具体的なアイデアは生憎持ち合わせていないのよ」
「……単独の潜入任務、装備も武器も現地調達というわけか。無線の周波数は140.85……」
「何言ってんの?」
「あ、いや、なんでも……とにかく一人でやるしかないんだな」
「その通りよ」
「分かった。行ってみる。もし中佐と合流出来たら、このことを伝えておいてくれ」
「任せて。それじゃ、幸運を祈るわ」
「リリィたちのこと、よろしく頼む」




