第9話 ヒアル
「とりあえず『ヒアル』の使い方は分かったよ。でも、妙だな。俺が前に試したときはここまでじゃなかったけど」
「もしかすると体勢や唱え方が違っていたのかもしれませんよぉ。あ、そうだ。体調は悪くないですか? 怠かったりしませんかぁ?」
「ああ……言われてみればめちゃくちゃ疲れたな。ちょっと立ち眩みもするし」
全力疾走した後みたいな疲れは、前に『ヒアルラ』を使ってみたときと同じだ。
俺は千鳥足で椅子の傍まで歩き、そのまま座り込んだ。
「また同じたとえ話になっちゃいますけどぉ、物を投げるときに後先考えず思い切り投げちゃうと、肩を痛めてしまったりするじゃなですかぁ。今のミリアルド様はたぶん、それと同じ状況なんです」
「この疲れは、加減せず魔法を使った反動ってことか?」
「ええ、そのとおりだと思いますぅ。でも、慣れたらきっと大丈夫ですよぉ! ミリアルド様って本当はすごかったんですねっ!」
「本当は、ねぇ……」
普段のミリアルドがどのような人間だったのか、俺は知らない。ただ怠惰でわがままな、間違っても尊敬されるような人物でなかったのは確かだろう。俺が知っているミリアルドもそうだった。
俺が黙っていると、ミーアは顔を青くしながら慌てたように声を上げた。
「あっ、えっ、ええと、ミリアルド様はいつもすごい素晴らしい領主様で、それなのに本当は魔法もすごいなんてすごすぎますっていう意味で、普段のミリアルド様がすごくないとかそういうことは言ってませんからっ!」
「いや、大丈夫だよ。分かってるから」
「ご、ごめんなさいぃぃ……」
怯えたように蹲り、両手で顔を隠すミーア。よく見るとその体は小刻みに震えていた。
「……そんなに怖がらないでくれよ。別にどうも思ってないから」
「ほ、本当ですかぁ……?」
ミーアが指の隙間から俺を見上げる。
「本当だって」
「生きたまま舌を二つに裂いたり、裸にして街の広間で磔にしたりしませんかぁ……?」
そのどちらも、ミリアルドが気に入らない部下や反抗的な態度を取った市民たちに対して行った処罰だ。ゲーム中にそんな台詞が出てきた。
「そんなこと、俺はしないよ」
「ついこの間まで大喜びでやってましたけどぉ……?」
大喜びで民衆をイジメるミリアルドの様子が、俺の脳裏にありありと浮かんだ。
しかし、そのミリアルドと今のミリアルド――つまり俺は別の人間なんだと説明してもきっと伝わらないだろう。
「そんなことより回復魔法の続きを教えてくれよ。そろそろ体力も回復したし」
「は、はいぃ……。ミリアルド様、怒ってないですか?」
「怒ってないって」
俺は椅子から立ち上がった。体力もかなり回復している。
「では、回復魔法の練習を続けましょうか。お身体、キツくないですかぁ?」
「大丈夫だよ。そういえば、魔法を使った疲れは回復魔法で治らないのか?」
「えぇ!? ど、どうなんでしょうか……。そんなの考えたこともなかったですぅ……。でも、疲れをとるために回復魔法を使ったらその分また疲れちゃって、結局治らないんじゃないでしょうか……?」
「それもそうか。魔法を思い切り使うためには、ちゃんと体力もつけとかないといけないってことだな」
だけど、体力の減少分よりも魔法による回復量の方が多ければ永遠に回復し続けることは理論上可能なんじゃないか? 今度試してみよう。
「体力の方は、キャンベル様に鍛えてもらってください」
「ああ、そうだな。よし、ミーア。次は何をすればいいんだ?」
「回復魔法の基本的な型を何度も練習するんです。そうすればいつか、両手を構えなくても魔法が使えるようになります。達人は心の中で念じるだけで、遠くの怪我人の傷も癒すことが出来るらしいですぅ……」
「それはすごいな」
「きっとミリアルド様もできるようになりますよぉ」
「お世辞はよせよ」
「い、いえいえ本当ですっ! 最初からあんなに莫大な回復魔法が使えるんですから、絶対に才能があるんですよぉ!」
才能があると言われて嬉しくないわけがない。
『才能が無いからさっさと退職しろ』と言われ続けてきた社会人時代を想えばなおさらだ――うっ、気分悪くなってきた。回復魔法は鬱にも効くのかな。これも後で試してみよう。
そんな風に、ミーアとの初めてのレッスンは続いていった。
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