第90話 意外な人物
「とにかく、ロザワル領の兵力は貧弱だわ。長い平和のせいで完全に腑抜けになってる。要人警護は得意でも、今回起こったクーデターレベルの規模にはとても対応しきれないわ。特に、反乱を起こした味方を撃つような訓練はしていないでしょうから」
「そういうことか……付け入る隙はあったってことだな。ロザワル領軍の一部をレザンが指揮してクーデターを起こしたってイメージで間違いないか?」
「そうね」
「だけど、そうなると、どうして今まで今回みたいな事件が起こらなかったんだろう? そんなに脆い軍隊なら同じようなことがあってもおかしくない」
「レザンが特殊すぎるのよ。思想もなく、ただ反乱を指導するだけのカリスマ。つまり、ロザワル領を狙う人間たちの隠れ蓑になってくれる存在ね。そんな人間、これまでにはいなかったわ」
「確かに。余程のもの好きだよな」
「そうした存在が求められるほどに、領地内の混乱を求める人たちがいるということよ。混乱することで利益が生まれるような人たちがね。彼らがレザンに資金を提供する。そしてレザンは彼らの要求を叶える。こっちとしてはいい迷惑だわ」
「中佐は、俺たちについて何か言ってたか?」
「私も直接話したわけじゃないのよ。彼はもうロザワル領に向けて出発した後だったからね。ただ、中佐がこちらに到着するまでは待機しておくようにって、それだけね」
「待機か……。状況がこれ以上悪化しなければいいけど。そうだ、メル姫は?」
「城で軟禁されているそうよ。あたしも一応、ロザワル領軍から逐一情報が入ってくるようにはしているの」
「どうなるんだろう、彼女は」
「分からないわ。このままメル姫を象徴とした政治を行うのか、それとも――」
「それとも?」
「殺されるか。リリィ・ステイナーの件があるからね」
「あ、あんな子供をか!?」
「反ステイナー派はリリィ・ステイナーの手で潰された。権力を握った時、一番邪魔になるのは前の権力者よ。殺すというのは手段の一つだわ」
俺が呆気にとられていると、ホテルのボーイさんから声を掛けられた。
「お話し中失礼します。フルスト・ロウ様ですね?」
「え? ああ、はい。そうですけど……」
ボーイさんの声は冷静だったが、少し動揺しているように見えた。
「連絡が入っております。至急とのことです」
「俺に? 分かりました、代わります」
ボーイさんに案内されて、俺は電話に出た。
相手の声を聞いて、一瞬耳を疑った。
『すみません、フルスト卿』
「……ディシズム卿!?」
俺は訳もなく周囲を見渡した。
ディシズム卿はクーデターの首謀者じゃないのか!? どうして俺に連絡を!?
『せっかくお休みのところ、このようなことに巻き込んでしまい本当に申し訳ありません』
「い……いや、そんなことより俺に何の用なんですか? あなたも大変なんじゃないですか?」
『私が愚かでした。メル姫に無理をさせずに済むと聞いてクーデターに協力を――あ、いえ、こんなことは良いのです。フルスト卿、あなたしか頼れる人がいない。単刀直入に言います。メル姫を助けて欲しい』
「め、メル姫を? どういうことです?」
『クーデター軍はメル姫を処刑すると言っているのです。私の力ではどうにもできません。しかしあなたなら――反ステイナー派からステイナー領を救ったあなたなら、メル姫を助けることが出来るはずです』
「いきなりそんなことを言われても……ディシズム卿は、メル姫の居城にいらっしゃるんですよね?」
『ええ、そうです。内部から手引きはいたします。予定では、処刑は明日です。それまでにどうにか……そうだ、とりあえず合流を。メル姫の居住でお待ちして―――』
そのとき不意に鈍い音がして、ディシズム卿が呻く声がした。続いて受話器が落ちるような音が。そして通話は途切れた。




