第79話 お忍び
そんな風に俺が睡魔と戦っていたときだった。
背後に他人の気配を感じ、俺の眠気は一瞬で吹き飛んだ。
反射的に振り向くと、紐で止めるタイプの黒いビキニを身につけた、サングラスの女性が立っていた。
「フルスト、元気かしら?」
「……ミカか。驚かせるなよ」
俺が言うと、ミカは白い歯を見せて笑いながらサングラスを外した。
「領主様のおもりも大変ね」
「そうでもないさ。半分は休暇だから。中佐からも許可をもらってるし」
「ま、それに関しては私も半分バカンスみたいなものだし、お互いさまってところね。……レザンについての情報、掴んだわよ」
「ロザワル領に着いたのは昨日だろ? 早いな」
「あたし、プロだからね。――郊外の宿泊地でレザンらしき男の姿が見つかったわ。それと部下が数名。その中にはラウルもいる」
「ラウル? ……あいつもか」
「このことは中佐にも伝えてある。あたしはもう少し詳細を探ってみるわ。レザンたちはただ身を隠しているだけなのか、それとも何か別の目的があるのか」
「……もしかすると『コア』に関係しているのかもしれないな」
「『コア』ね。金鉱脈の奥地にあったっていうアレのこと?」
「そうだ。詳しいな」
「まあね。反ステイナー派の事件の後、ゾップさんが詳しく調べてみるって言ってたから」
「『コア』についても何か分かったら教えてくれ。中佐の判断によっては俺の休暇も途中で切り上げないといけなくなる」
「それもお互い様ね。……とりあえず、あたしが手に入れた情報はあんたにも教えてあげる。その代わり、荒事になったら任せるからね」
「ああ。中佐もそのつもりだろう」
「じゃ、仕事の話はこれくらいにしておきましょう。あたしも泳ぎに来たのよ」
ミカはサングラスをかけなおすとひらひらと手を振って、人の多いプールの方へ歩いて行った。途中、日焼けした男たちのグループに声を掛けられていたが、軽くあしらっていた。かなり場慣れしてるみたいだ。
「あっ!」
リムニの声がした。
見れば、ボールがプールから飛び出して通路をバウンドしていた。
「取ってくるから、二人はそこで待ってろ」
俺は立ち上がり、転がるボールを追った。
ボールはプールサイドを転がっていき、親子連れらしい男女の足元で止まった。
「すみません、失礼しますね」
屈んでボールを拾おうとした俺だったが、それより先に、10歳くらいの女の子がボールを拾ってくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございま――」
お礼を言いつつ顔を上げたとき、ボールを差し出してくれた少女を見た俺は思わず言葉を失ってしまった。
相手もまた、俺に気づいたような表情を浮かべた。
「……あら、フルストさん?」
「メル姫!?」
青色の長髪を編み込みにして、セパレートタイプの長袖の水着をきた少女は、紛れもなくメル姫だった。
そしてその傍らに立つ男性は、彼女の側近であるディシズム卿だった。




