第75話 プール
「私が眠るまで、このままでいてください」
「あ、ああ。うん。分かった」
「それから、頭を撫でてください」
「え? ああ……こうか?」
俺は空いた方の手で、リリィの滑らかな銀髪をかき分けるようにして撫でた。
「私が眠るまでですよ。ずっとです。手を止めないで」
「わ、分かった」
風呂上りのリリィの髪は、シャンプーのような良い匂いがした。
握った手を通じて、リリィの心臓の音が聞こえてきた。一定の間隔で――しかしそのリズムは少し早いような気がした。
「……こんな風にしていて、本当にリリィは眠れるのか?」
「当たり前です。眠れます。別にドキドキなんかして――ないと言えば、嘘に、なっちゃいますけど……」
「リリィ……」
自分の名前に反応するように、リリィは顔を俺の胸に押し付ける。
「このまま二人で、ステイナー領も選挙も、王国も何も関係ないところに行きたいです。ステイナー領主でいる限り、私はあなたを頼って、あなたに辛い仕事を押し付けてしまうから」
「気にするな、リリィ。もちろん仕事は嫌いだけど――俺は俺で、俺の感情で動いていんだからさ」
「フルスト様……」
リリィが口を閉じ、再び部屋に静寂が訪れた。
ネグリジェから覗くリリィの肩や鎖骨は今にも折れてしまいそうなほど華奢で、それらを覆う肌も透き通ってしまうように薄かった。
しばらくすると、再びリリィの寝息が聞こえてきた。俺は彼女の頭を撫でる手を止めた。
「……せめて今は、ゆっくり休んでくれ」
ステイナー領に戻れば、きっとまたリリィにとって激動の日々が始まる。だからいまくらい、何も不安を感じずに眠っていて欲しい。
リリィの、生まれたばかりの赤子みたいな表情で寝ている様子を見て、俺はそんなことを考えた。
◇◆◇◆
「リリィ・ステイナー様のお部屋がご用意できました。隣室へどうぞ」
翌日、ホテルの支配人という男がやってきて、リリィは俺の部屋から彼女のために用意された部屋へ移ることになった。
俺とリリィは領主とその補佐の関係。同じ部屋に泊るのは――というかそもそも、成人男性と幼気な美少女だ。薄々思ってはいたことだけれど、そんな組み合わせでお泊りだなんて、週刊誌どころの騒ぎじゃない。
「……仕方ありませんね」
「ああ、そうだな。リリィもひとりの方がゆっくりできるんじゃないか?」
「私は別に……フルスト様と同じお部屋でも良かったのですが」
「え?」
「いえ何でも。昨日はありがとうございました、フルスト様。それではまた」
荷物持ちのボーイたちに囲まれ、リリィは俺の部屋を出て行った。今朝中佐と電話で話した内容だと、ロザワル領はリリィの来訪を快く受け入れてくれ、彼女の身の回りの世話は勿論、警備まで面倒を見てくれるという。
さすがに少しくたびれた、と中佐も言っていた。ロザワル領には中佐の知り合いもいるらしく、中佐はそのコネを最大限利用して根回しをしてくれたのだろう。ロザワル領の人間は信用して良いとも言っていた。
さて――というわけで。
「フルスト様ぁ! プール行きましょうプール!」
いつものメイド服から薄手のワンピースに着替えたリムニが、早速俺を呼びに来た。
その後ろにはシャペールも立っている。アロハシャツ姿で。




