第74話 眠るまで隣に
葛藤を乗り越え、俺はリリィに誘われるままその隣に寝ころんだ。
「これでいいのか?」
「……はい。私が眠るまで隣にいてください」
「わ、分かった」
そう答えながら、俺は天井を眺めていた。シミ一つない天井だ。
すぐ隣にリリィが居て、肌に触れているわけではないのに体温を感じるような気がした。
静かだ……。
客観的に見ればシュールな光景だろう。
部屋の中はまだ明るく、ベッドの上には直立不動の姿勢で横になる成人男性と令嬢がいる。
限りなく気まずい状況の中で、俺が、小噺のひとつでもした方が良いのだろうかしかし日本の落語がいかにも中世ヨーロッパ風な世界観で生きてきたリリィに通じるのだろうかと悩んでいたとき、不意にリリィが口を開いた。
「先にお礼を言っておきますね、フルスト様」
「お――お礼!?」
「何を驚いているのですか?」
隣で衣が擦れるような音がして、リリィが寝返りを打ったのだと分かった。
恐る恐る(別に恐れる必要はないのだけれど)隣へ体を向けると、リリィもこちらを見ていた。
蒼色の瞳と目が合う。
「いや……大丈夫だ。驚いているわけじゃない」
慣れない状況に動揺しているだけだ。
それを言っちゃうとさすがにかっこ悪いから口には出さないけど。
しかし、隣にいるのは魅力的な『ブレス・オブ・ファンタジー』のヒロインたちの中でも俺が特に推しているリリィ・ステイナーだ。動揺するのも無理はないだろうと内心言い訳をしてみる。というか言い訳してばっかりだな。そんなことで良いわけもないのだろうけれど。
「こうして二人きりになることなんて滅多にないでしょう? ですから、きちんとお礼を言っておきたいと思って」
「あ、ああ」
「……手を、握らせてください」
リリィの右手が俺の左手に重ねられる。細く冷たい指先が俺の指に絡まった。
「………………」
やっべぇ、緊張してきた。
何プレイだ、これ。何プレイなんだ!? いや落ち着け、大人の余裕を見せるんだ、俺。
「フルスト様が助けてくださらなければ、ステイナー家は落ちぶれていました。今頃私は命を落としていたか、でなければ路地裏を彷徨っていたでしょう」
「ああ……うん……」
確かに『ブレス・オブ・ファンタジー』本編ではそうなっていた。
だけど、ヒリュー領がステイナー領へ資金援助を行ったことでその運命は回避された。
「フルスト様が傍にいてくださるから、私は領主としていられるのです。ありがとうございます、フルスト様。反ステイナー派のこともそうです。本当に感謝しています」
「俺は別に――中佐が集めたメンバーが優秀だったんだよ。ミカの情報や中佐の根回しがなければ出来なかったことだ」
「しかし、彼らの力を最大限に活かしたのはフルスト様です。そして、金鉱脈では王都からの刺客とも交戦されたと聞いています」
「大したことじゃない。ヒリュー領での借りを返しただけだよ。むしろ――ステイナー領に仕える身である俺が王都から遣わされた人間と戦ったことで王都からの反感を買ったらどうしようかと思ってた。そうはならずに済んだみたいだけど」
「それも結局は次期国王選挙を操作しようとするエールン卿の逮捕につながりました。むしろステイナー家の評価を上げる成果だったと言えるでしょう」
「……運が良かっただけだ」
「仮にそうだとしても、結果は変わりません」
「かもしれないけどさ」
俺はリリィに手を握られたまま、彼女の蒼い瞳を見つめていた。
「もっと近くに来てください、フルスト様」
「え、いや、十分近いと思うけど」
「領主の命令です」
「あ……はい」
そう言われると逆らえない。俺は少しだけリリィに近づいた。彼女の体温がより近くに感じられた。
リリィはそのまま、甘えるように俺の胸元に顔を埋めた。俺は緊張で自分の体が強張るのを感じた。




