第73話 紳士
「…………」
いや、やっぱり変だって。
いくら補佐役だからといって、無防備に寝ている美少女を監視するような真似をして良いはずがない。リビングの方にいることにしよう。
まあ―――目の保養にはなったけどな!
俺は椅子から立ち上がった。
そのときだった。
「うう……ん」
リリィが苦しそうな声を上げた。
「……リリィ?」
思わず俺はリリィの傍に屈みこんでいた。
同時にリリィの手が伸びて来て俺の腕を掴み、彼女の方へ引き寄せられた。
バランスを崩した俺はそのままリリィに覆いかぶさるような形になってしまった。
リリィの柔らかい頬が耳元に当たって、そして彼女の胸元がちょうど俺の胸の辺りに重なるような体勢だ。
「ん……っ」
リリィが声を漏らす。
「り、リリィ……!?」
起きているのかと思ったが、リリィの目はしっかりと閉じられている。寝ぼけているのかもしれない。
都合の悪いことになってしまった。
下手に動くとリリィを起こしてしまう。そうなるとこの状況は説明不可能だ。俺がリリィの魅力に耐えかねて手を出したと思われても仕方のないシチュエーションだ。
頼むリリィ、俺の腕から手を放してくれ……!
耳元でリリィの熱い吐息を感じながら、俺は心の中で願った。
そのときふと、俺は自分の頬が濡れているのに気が付いた――いや、違う。これはリリィの涙だ。見ればリリィの睫毛の縁からは一筋の涙が溢れていて、それが俺の頬を濡らしていたのだった。
怖い夢でも見ているのかもしれない。そう思ったとき、リリィが呟いた。
「おとうさま……」
「……!」
リリィの父親。先代のステイナー領主。
俺は『ブレス・オブ・ファンタジー』の設定資料集を思い出した。
リリィの父親は流行り病による急死だった。母親は既に亡くなっており、急遽リリィがその跡を継がなければならなかったのだ。反ステイナー派が勃興したのはそうした、病の流行や突然の領主交代により領内が不安定になったことも背景にあった。
政治というのはなかなか難しいものだなぁ。
ある種の現実逃避に浸っていた俺は、少女の声で我に返った。
「……フルスト様?」
「え」
気が付けば、目の前のリリィが目を開けていた。
全身が凍りついたような感覚に襲われた。
「いったい、これは……?」
きょとんとした表情で周囲の様子を伺うリリィ。
ヤバい、どうしよう。絶対にあらぬ誤解を生んでいる。とにかく何か弁解をしなければ、俺が美少女の寝込みを襲う変態だと思われてしまう。
「あえ、ええとだな、リリィ、これは……そう、リリィがうなされていたから様子を見ていたんだ。それだけなんだ。別に俺は変態とかそういうわけじゃない。仮に変態だとしても変態という名の紳士だよ」
「……よく分かりませんが、その姿勢は苦しいのではないですか?」
「え、あ、ああ、うん。でも――」
俺は自分の右腕を見た。まだリリィに掴まれている右腕を。
あっ、とリリィが小さく声を上げた。
「ご――ごめんなさい、フルスト様。私、寝ぼけてしまっていたのかもしれません」
「い、いや良いんだ。とにかく俺は何の下心も無いんだからな。それだけは弁解しておく」
ようやく解放された俺は体を起こしてベッドから離れようとした。
しかしその直後、リリィに再び腕のあたりを握られた。
「リリィ……?」
振り返るとリリィも上半身だけを起こしていて、涙で潤んだ瞳で俺を見上げていた。
「フルスト様……私、ひとりだと不安です」
「あ、ああ……。だから俺が補佐役に任命されたんだろ?」
「いえ、そのことではありません。ひとりだと不安で、また眠れるか分かりません」
「そうか……それは大変だな」
「ですから、私がもう一度眠りにつくまで傍にいてください」
「……え?」
「隣に誰かがいないと、不安ですから」
リリィがベッドの端の方に寝転がる。ベッドにはちょうどもう一人横になれそうなスペースが出来た。
―――え!?
隣に寝ろってコト!?
「えっ!? 隣に寝ろってコト!?」
思わず思っていたことが思っていたまま口に出た。
リリィは少しだけ頬を赤くしながら頷いた。
良いんだろうか……。
現実なら犯罪だろうけど……まあ、ゲームの世界だからな。添い寝イベントくらいあっても良いか。ダメか? いや良いだろ。良いんだよ。
葛藤を乗り越え、俺はリリィに誘われるままその隣に寝ころんだ。




