第70話 ロビーにて
「それが電話機ってやつ? あたしも本物を見るのは初めてだわ」
「鬱陶しいだけの機械だと思っていたけど、役に立つときは役に立つんだ。中佐から話は聞いたよ。レザンの件、ミカが調べてくれるんだって?」
ミカはノースリーブのシャツを着ていて、白くて長い腕でフロントのカウンターに頬杖をついた。
「まあね。最上級ホテル付きの旅よ。悪くないわ」
そう言って、ミカはサングラスを外した。目元には涙袋を強調する流行りの化粧をしていて、バカンスにやって来た貴族か由緒ある商人の娘といった見た目だった。
初めて会ったときは少女のように見えたが、今は大人びた若い女性というような印象だ。
俺がミカのファッションを眺めていると、ミカは怪訝な表情を浮かべた。
「どうしたのよ?」
「……すごいな。最初会ったときとは印象が全然違う」
「まあね。情報屋が悪目立ちしちゃいけないでしょ? 一応プロなのよ、あたし」
「本当はいくつくらいなんだ、ミカって」
「女性に年齢を尋ねるのはタブーよ。そのくらいあなたも分かってるでしょ」
「あ……ああ、ごめんごめん」
謝ると、ミカはふふ、と声を漏らすように笑った。
「不思議だわ、あなたって」
「そうかな」
「正体が分からないもの」
「調べても良いことないよ、俺の正体なんて」
「そうね。別に報酬が出るというわけでもないし。……あなたもここに泊るんでしょ?」
「ああ、二週間ほどな。リムニやシャペールも一緒に」
「じゃあ、毎朝このロビーに顔を出してちょうだい。有益な情報が手に入ったら教えてあげるわ」
「ああ、助かるよ。とはいっても俺は半分休暇のつもりで来てるんだけど」
「中佐からは、荒事になりそうならフルストに協力してもらえって言われてるわ」
「なるほどね。言いたいことは分かったよ」
「それじゃあね、フルスト。お互い良いバカンスにしましょう」
サングラスをかけなおし、ミカは俺に小さく手を振ってから立ち去って行った。
それにしても、本当にレザンがこんなところにいるんだろうか。観光地に潜伏だなんて良い身分だよな。それとも、観光地だからこそ潜り込みやすいんだろうか。
まあ、とりあえず中佐と話はついたことだし、ひとまず部屋に戻るか。
そう思って部屋へ続く階段の方へ体を向けたとき、ホテルの表玄関の方で歓声が聞こえた。
何かイベントでもあっているのだろうか。
「……メル姫君のパレードですよ」
ちょうどそこへ通りかかったボーイが、親切に教えてくれた。
「え? お姫様の?」
「ええ。観光イベントの一環として行われるんです。お客様もご覧になられてはいかがですか?」
「ああ……部屋から見られるかな?」
「もちろんです。ぜひご覧ください」
「ありがとう。そうするよ」
お姫様のパレードか。
王宮で会ったメル姫の顔が浮かんだ。
とりあえず部屋に戻って、リリィたちにも教えてあげようかな。
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