第69話 情報収集役
「ごめんなさい、フルスト様」
リリィは体を起こし、反省したように頭を下げた。
「俺に謝られてもなぁ……。まあ、リリィの気持ちは分かるよ。問題は、そうだな、今頃ステイナー領が大騒ぎになってるんじゃないかってことだけど」
「です……よね」
ますますリリィが身体を小さくする。そこへシャペールが水のグラスと、小さく切ったパンを皿に載せて運んできた。
「まずはお召し上がりください、リリィ様」
「ええ、ありがとう」
シャペールからグラスを受け取ったリリィが、喉を鳴らして水を飲む。
「……そう言えばリリィ、食料はどうしてたんだ? まさか道中、ずっと飲まず食わずだったのか?」
「いえ、それはその……フルスト様たちの荷物から少しずつ分けていただいて」
「まさか、俺たちの食料がいつの間にか無くなっていたのは……!?」
リリィは何も言わず、代わりに舌を少し出して、いたずらが見つかった時の子供みたいな顔をした。
食料が無くなったり荷物の中から声がしたりする怪奇現象の正体はリリィだったのか……。呆れたというか、意外とたくましいところもあるんだな、リリィって。
「とりあえず、少し休んでいてくれ。俺は中佐に連絡するから」
「中佐に言うのですか……?」
何かを懇願するように、リリィは俺を見つめる。
そのいたいけな瞳を見て一瞬すべてを許しそうになったが、さすがにそんなわけにもいかない。
「ステイナー領は領主不在の状況だろ。中佐も心配しているはずだ。それに、そんな状態だとまた反ステイナー派に付け入られるぞ」
「そう、ですね……」
落ち込んだように肩を落とすリリィ。
「……だから、リリィがロザワル領を視察していることに出来ないか中佐に相談してみるよ。勝手な家出は許されないだろうが、領主としての仕事としてなら問題ないだろ」
「フルスト様!」
リリィの表情が明るくなる。
……まあ、いいだろ、このくらい。リリィは俺なんかより余程ハードに公務をこなしているのだから、本来ならば俺よりリリィの方が休暇を取るべきなのだ。
「じゃあシャペール、リリィのことは頼んでおくよ。風呂の準備が出来たらまずリリィを入れてやってくれ」
「承知しました。リムニにも伝えておきましょう。フルスト様は?」
「ロビーに電話があったはずだ。ステイナー領に連絡が取れないか聞いてみるよ」
◇◆◇◆
「――というわけなんだよ、中佐。何とかならないか」
ホテルのロビーの片隅で、俺はステイナー領の中佐と会話していた。
『今すぐリリィ様を連れ戻すとしても数日はかかるからな。であれば、フルスト殿の任務に同行していただいた方がスケジュール的には都合が良いか。……それにしても家出とは。まったく、ずいぶん探したというのに』
中佐の声には疲労の色が浮かんでいた。
「領主と言ってもまだ子供だからな。特に最近は過密日程だったし」
『……分かった。とにかくこちらのことは何とかしよう。ロザワル領家にも連絡しておく。しかし、リリィ様がそちらにいらっしゃる以上、貴公には補佐としての役割をきちんと果たしてもらわんと困る』
「分かってるよ。シャペールやリムニもいるし、どうにかなるさ」
『せっかくの休暇が仕事になってしまったな、フルスト殿』
「中佐の苦労に比べれば大したことないさ」
『……ああ、そうだ。レザンのことだが、貴公とは別にもう一名、情報収集役をロザワル領へ送っている。そろそろそちらへ到着するはずだ』
「俺の他に? 誰なんだ?」
『貴公も知っている人物だ』
誰だろう、と数少ない知り合いたちのことを思い出していると、隣で人の気配がした。
そちらへ顔を向けると、大きなサングラスをかけた、赤い髪をした観光客風の女性が立っていた。
「久しぶりね、フルスト」
女性は赤いルージュを塗った唇をゆがめるようにして笑った。
「……ミカか」
『ああ、そうだ。情報収集には適任だろう?』
「安心だよ。彼女に任せておけば大丈夫だろうから。色々と手を回してもらってすまないな、中佐」
『お互い様だ。では、こちらのことは任せてくれ。リリィ様のことは貴公に任せる』
「ああ、了解した」
受話器を置くと、フロントからボーイが出て来て機械を下げてくれた。




