第68話 密航者
「なあリムニ、この洗面台や風呂はどういう仕組みで動いてるんだ?」
「ええっとぉ……私たちが住んでいるお部屋にあるものと同じですよぉ」
「というと?」
「なんかぁ、ニュルタム王国とかいう海外の国から『魔石』っていうものを輸入してるらしいんです。私もよく知らないんですけどぉ、スイッチを押すだけで魔法が発動するっていう仕組みらしくて。それで、照明とかお風呂のお湯とか、簡単に準備できるようになったんですよっ!」
「へー、そうだったのか」
「昔はお風呂にお湯を張るためだけに、水魔法が得意な人とかが常駐していたんですよっ!」
「それはそれで大変そうだな」
「あ、もしかしてフルスト様、お風呂入りたいんですかっ? そうですよねそうですよね、ずっと馬車の旅で湯船になんて浸かってませんでしたからねっ! すぐ準備しますよぉ」
いや別に、と言いかけて、それも悪くないような気もしてきた。プールに行く前に体の汚れを落としておくのも良さそうだ。
「じゃあリムニ、悪いけどお願いできるかな」
「任せてくださいっ! 私もお風呂入りたかったんです! ……そうだ、フルスト様、お背中お流ししましょうかぁ?」
「さすがにそこまではしなくていいよ」
「そうですかぁ……? 分かりました、お風呂準備しておきますっ! フルスト様はゆっくりしていてくださいっ!」
「ああ、ありがとう」
バスルームから居間の方に戻ると、シャペールが荷ほどきをしているところだった。
「シャペール、プールは風呂に入ってからにしよう」
「おお、先にご入浴されるのですな。承知しました。お着替えの準備をいたしましょう」
「頼む」
さて、俺も荷物を片付けようかな。
とりあえずはこのトランクケースを開けてしまおう。何が入ってるんだっけ、これ。
荷物の留め具を外すと、ケースの蓋は中から勢いよく開いた。バネか何かが仕込んであったのか――なんて思うも間もなく、俺はトランクの中身に絶句した。
「トランクケースでの旅というのも……なかなか……貴重な体験ですね……」
艶を失った銀髪。蒼白な顔面。乾いた唇。
トランクの中から息も絶え絶えの様子で現れたのは、ステイナー家当主であるリリィ・ステイナーその人だった。
「り、リリィ!? どうしてこんなところに!? あ、いや、とりあえずシャペール、水と食べ物を!」
「し、承知致しました!」
普段は冷静なシャペールもさすがに驚いたようで、焦った声音でそう言った。
「ほら、ベッドで横になるんだ。ひどい顔色だぞ」
「う、うう……ごめんなさい、フルスト様」
俺はリリィの細い身体を支えながら、彼女をベッドに横たえた。
「なんでこんなことを?」
「が、外交の一端として……ロザワル領の視察を……」
「嘘だな。それならトランクに隠れるなんて方法は取らなくて良かったはずだ」
そう言うと、リリィは言い訳を諦めたような顔をして、小さな声で話し始めた。
「……疲れちゃったんです。反ステイナー派の問題がひと段落したと思ったら、今度は国王候補の話になったでしょう? もちろんステイナー領の当主としては、いえ、マークニル王国に属する貴族の一人として大変光栄な話です。でも、重圧に耐えきれなくて。フルスト様も遠くに行ってしまうという話でしたから」
「あのなあ……」
ちゃんと領主としての務めを果たさなきゃダメだなんて至極まっとうなことを言おうとしたけれど、よく考えたら俺も仕事が嫌になって会社を辞めた身だった。リリィのことは責めるに責められない。
「ごめんなさい、フルスト様」
リリィは体を起こし、反省したように頭を下げた。




