第64話 メル姫
さて、ロメロ君はどのくらいで来てくれるんだろうか。もう近くにいたりするのかな。
辺りを見回していると、小さな人影が俺の横を通っていった。
「……子どもか?」
思わずそう呟いた瞬間、人影は足を止めこちらを振り向いた。
「子どもじゃないです。わたくしはロザワル領の姫、メル・エムクー・ロザワルです!」
純白のドレスに身を包んだ、薄い青色のロングヘアの少女――いや幼女は、小さい頬を膨らませながら薄桃の可愛らしい唇を動かし、そう言った。
そして俺はこの幼女、もといメル姫のことを知っていた。
「メル・エムクー・ロザワル……!」
俺が『ブレス・オブ・ファンタジー』の二周目に攻略したヒロインだ。
ロザワル領という綺麗な海や山を観光資源として売り出すリゾート地を治める彼女を、領主の地位を狙う悪い側近から守るというのがメル姫ルートの大まかな流れだった。
海で泳ぐシーンやプールのシーンなど、ヒロインたちの水着CGがやたら手に入るのがルートの特徴でもある。余談だけど。
「あなたは……えっと、リリィ様のお付きの人ですね?」
「あ、ああ。そうだ。フルスト・ロウ。リリィ・ステイナー様の補佐を務めている。先ほどは失礼なことを言って済まなかった」
「当たり前です。わたくしは子どもじゃないのです。立派にロザワル領を治める姫なのですから、甘く見ないで欲しいです。でも、ちゃんと謝れたことは褒めてあげましょう。フルストさん、素直で良い人です」
「……お褒めに預かり光栄だ。ところで、どこかへ行く途中だったんじゃないか?」
「え? えーと……」
顎に人差し指をあてながら、メルは首を傾げる。
そのとき、側近の男がメルに駆け寄って来た。
「メル様、お手洗いはあちらですよ」
「あっ、そうでした。メル、トイレに行きたかったのです。それではフルストさん、また機会があればお会いしましょう」
「ああ。ではまた、メル姫」
「メル様、こちらへ」
痩身で白髪の男が、メルをトイレへと連れて行く――っていうか。
男が幼女をトイレへ誘導していいんだろうか。いや別に表立った問題はないんだろうけど、なんとなく引っかかるものが……。
そんなことを考えていると、白髪の男と目が合った。
「メル様がご迷惑をおかけしました、フルスト卿」
「い――いや、元はと言えば俺が原因だし」
男は一礼すると、メル姫と共に人混みの中へ消えて行った。
あの男は……!
「フルスト殿、お待たせしたっス!」
ちょうどそこへロメロ君が駆けてきた。
「ああ、悪いな。わざわざ迎えに来てもらっちゃって」
「なーに、お安い御用ですよ。フルスト殿には反ステイナー派を倒してくれたって大きな恩もあるっスからね。中佐も頼りにしてるって言ってたっスよ」
「俺はただ、ヒリュー領を守りたかっただけだよ。まさかリリィの補佐なんてやらされるとは思わなかったし、リリィが次期国王候補の一人に選ばれるとも思わなかった」
「少し前までは反乱組織に良いようにやられてヤバい感じだったのに、分からないものっスよねえ」
「その分、補佐である俺のプレッシャーも大きくなるんだけどな」
俺が言うと、ロメロ君はにやりと笑った。
「応援してるっスよ、フルスト殿。いずれは公私ともにリリィ様を支える立場になるんじゃないかって専らの噂っスから」
「公私ともに……? 俺が?」
おい、それってよ……リリィと結婚するってことか!?
確かにリリィルートの最後は、主人公とリリィが結ばれて(結婚的な意味で)終わるハッピーエンドだったけれども。
「という冗談はともかくとして」
「冗談かよ」
「とりあえずステイナー領へ戻るっスよ。馬車はこっちっス」
「ああ、ありがとう」
俺はロメロ君の後に続き、式典会場を出た。
それにしてもさっきの白髪の男――確か名前は、ディシズム・ヒーノ卿。
メル姫の側近を務める貴族にして――メルと結婚することでロザワル領を自分のものにしようと目論む悪役だ。ちなみにメル姫は設定上、11歳ということになっている。
11歳と結婚しようとする中年。その所業から、ディシズム卿は『ブレス・オブ・ファンタジー』のファンたちからロリコン伯爵と呼ばれていた。
なんと恐ろしい。『ブレス・オブ・ファンタジー』のメル姫ルートを考えたシナリオライターは相当なロリコンだったに違いない。
それにしても、メル姫か。これから彼女はどうなってしまうんだろう。
「……まあ、俺がロザワル領に行くことはないだろうけどな」
なんだかんだ俺は、リリィの補佐として多忙な日々を送っていた。
ステイナー領内にいるだけでも忙しいのに、ロザワル領のことまで気にしている余裕はない。
きっとブレスあたりがうまく事件を解決してくれるだろう。メル姫には申し訳ないが、彼に任せておこう。
式典会場を振り返り、メル姫の顔を思い出しながら、俺はそう思ったのだった。
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