第51話 執事戦線異状なし②
「……怪我じゃ済まないぜ、爺さん!」
ブレスは恐怖に似た感情を振り払うように叫び、剣を抜いた。同時に地面を蹴り一瞬でシャペールへ肉薄する。
「筋は悪くありませんな」
ブレスが剣を振り下ろす。衝撃波を纏った剣がシャペールに襲い掛かる。しかしシャペールは上体を軽く動かすだけでそれを躱し、ブレスの空いた胴体に蹴りを叩きこんだ。
「なッ―――!?」
ブレスの体が宙を舞い、坑道の壁に叩きつけられる。
「――ブレス!」
力なく倒れこんだブレスに、ステラが回復魔法を唱える。それによって急速に傷が回復したブレスは剣を支えに立ち上がった。
「なんだ……何をしたんだ……!?」
ブレスの鎧には焼け焦げたような跡が残っていた。跡はちょうど、シャペールの蹴りが直撃した位置に残されていた。
「蹴りと同時に炎魔法を発動しただけのことです。私は炎魔法を得意としていましてね」
「だったら……蹴りに纏わせるようなセコい真似はしないで、この辺り一帯を焼いてしまえばどうだ? 俺たちごとな」
「バカなことを。密閉された環境でそのようなことをすれば酸素が無くなり私も無事では済まないでしょう」
「挑発には乗らないか……。だったらやっぱり、力づくで退いてもらうしかないな!」
再びシャペールに切りかかるブレス。だがシャペールは、次々と襲い来るブレスの剣をすべて片手一本で捌き続けた。
「衝撃力を強化した剣というわけですか。なるほど、特異な才能だ。国王に仕える騎士だというのも頷ける。しかしミリアルド様ほどの速さや正確さはありませんな」
「ミリアルド? ……ミリアルド・ヒリューの関係者か?」
「おっと、お喋りが過ぎました。老人の戯言です。お忘れを」
「ふざけた爺さんだ!」
ブレスが剣に力を籠める。そうして放たれた斬撃はシャペールを掠め、その背後の岩壁を破壊した。
「――危険ですぞ。むやみやたらに坑道を破壊しては、全体の崩落につながります」
「あんたを退かすにはなりふり構ってられそうにないんでね!」
ブレスが再び剣を振り下ろした。シャペールは坑道の崩落を危惧し、体を張って斬撃を受け止めた。
「……!」
想像以上の衝撃に、シャペールは後方へ転がった。そうすることで衝撃を打ち消したのだ。
追撃に備え跳ね起きたとき、シャペールは例の空洞の中にいることに気が付いた。ゾップの調査で明らかになった、用途不明の謎の空間だ。そしてその瞬間、全身が鉛のように重くなるのを感じた。
「これは――!?」
空間の更に奥には、何かがあった。
シャペールは本能的に危機感を覚えた。
人間が触れてはいけない何か。それがそこにある。
「覚悟しろ、爺さん!」
「……!?」
正体不明の物体から放たれるプレッシャーに動きを止めていたシャペールめがけて、ブレスが襲い掛かる。
シャペールは咄嗟に横へ跳んだが、体の動きが通常より遥かに鈍いことに気が付いた。
ブレスの剣が肩の辺りを掠め、衝撃に半身が震えた。肩に深い切り傷が出来て、血が溢れた。それでもシャペールは、ブレスたちの前へ立ちふさがった。
「何度も言わせるなよ、爺さん。次は致命傷になる」
「このシャペール、我が主君の命を果たすことが出来れば命など惜しくはありませんよ」
シャペールはそう答えつつも、空間の奥に鎮座する物体から感じる重圧に思いを巡らせていた。
この重圧の正体は何だ?
自分が何か大きな流れの中にあるように感じた。すべてを飲み込み、流し去ってしまう濁流。理由は分からないが、シャペールの脳裏にはそんなイメージが浮かんでいた。
再びブレスに向かって身構えながら、この戦闘に勝利することはできないだろうという確信を持っていた。自分が敗北する。そういう流れの中にいる――長年の経験から、シャペールはそう直感した。そしてその流れを作っているのは、やはりこの空間の奥にある何かなのだと、そう思った。
「どうしても俺たちの邪魔をするって言うなら、お望みどおりにしてやるよ!」
ブレスがシャペールめがけて剣を振り下ろす。
その瞬間。
「―――うちの執事を痛めつけるのはそのくらいにしてもらおうか」
ブレスの剣とシャペールの間に滑り込む人影があった。
直後、坑道中に鈍い音が響き渡った。
「お前は―――!?」
鋼鉄製の剣は、シャペールを切り裂く直前で木刀によって防がれていた。
ブレスの目線が木刀の持ち主を追う。
感極まったシャペールが声を震わせる。
「ミリアルド様……!」
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