第50話 執事戦線異状なし①
シャペールもといキャンベル・ストークの素性を知る者は少ない。
彼を雇った、ミリアルドの先代にあたるヒリュー家当主でさえもキャンベルの過去を知りはしなかった。
しかし、彼のヒリュー家に対する忠誠心は本物だった。
「……さて」
ステイナー領の金鉱脈。
立ち入り禁止と書かれた看板を押しのけ、シャペールはそのさらに奥へと続く坑道を歩いていた。その片手には魔力によって灯るランプが明かりを放っている。
ヒリュー家の執事が着る制服に身を包んだ彼は、まるで屋敷の庭を散歩するような足取りで進んでいく。しかしその周囲には常に警戒の糸を張り巡らせていた。
「ふむ、この先というわけですかな」
彼が羽織っている上着の胸ポケットには金鉱脈の詳細な地図の写しがあった。ゾップが準備したものだ。
フルストの依頼でゾップは金鉱脈のありとあらゆる図面を調べ、そしてついに用途が明らかでない謎の空間を見つけ出した。シャペールはフルストの命を受け、その空間へと向かっていたのだった。
「確かに何かありそうな空間でございますね。一体何が待ち受けているのやら」
立ち止ったシャペールの目の前には、坑道の奥に突如現れた大穴があった。
そしてその大穴へ足を踏み出した瞬間、シャペールは動きを止め背後を振り返った。
「……やはり、フルスト様の読みは当たっておりましたか」
シャペールのいる場所へ近づいてくる足跡が複数。
その正体に気が付いたとき、シャペールは戦闘態勢に入っていた。
「とある貴族からの密命だってさ。どういうことだろうな?」
「知らないわ。金鉱脈の探索としか聞かされていないもの」
「だよな。金以外に何があるって言うんだ?」
坑道の向こうから近づいてくるのは、男女の二人組だった。
シャペールはその二人を知っていた。
ブレスとステラ。『ブレス・オブ・ファンタジー』の主人公と正ヒロインであり、シャペールにとってはミリアルド・ヒリューを襲った敵でもあった。
結果的に無事だったとはいえ、主人を殺した相手だ。シャペールは全身が怒りで小さく震えるのを感じた。一瞬遅れて自分の感情に気が付いたシャペールは、自嘲気味に笑った。
「年を取ると気が短くなっていけませんね。……復讐のチャンスが巡って来たと考えるべきでしょうな」
ランプを足元に置いたシャペールは、内ポケットから紙タバコを取り出し、指先に魔法で灯した炎で着火した。
口の端から紫煙を吐き出す。一瞬だけ血が上った頭が冷静になっていく。
ブレスとステラの二人組は、自分たちの行く手を阻むように立つシャペールに気づくと足を止めた。
「……誰だ、あんた? こんなところで何してる?」
ブレスは警戒するような口調で言った。
一方のシャペールはタバコを地面に落とし、火を踏み消しながらブレスたちへ顔を向けた。
「私はただのしがない執事ですよ。ここにいるのはとある目的のためです」
「目的だって?」
「足止めですよ。この奥へ誰も通さないように」
「……その先に何があるのか知っているのか?」
「いえ、知りません。私はただ足止めをするためにここへ来た。あなたたちこそ、こんなところまでわざわざ何の御用です?」
「俺たちは王都の貴族から依頼されてここへ来た。金鉱脈の奥深く、ステイナー領主でさえも知らないような空間の正体を探るようにな」
「なるほど、王都の貴族ですか。興味がありますな。一体どなたでしょう」
「教えるつもりはない。爺さん、そこを退きな。俺たちは王都から派遣されているんだ。正式な許可も得ている。邪魔をされるいわれはないぜ」
「それでも通すわけにはいきませんな。私にとっては国王陛下よりもお慕いしている方からの命令ですから」
「俺たちが得ている許可は金鉱脈に潜って良いって許可だけじゃない。目的を阻害するような存在が現れれば力づくで排除しても良いって言われているんだ」
ブレスが腰の剣に手を掛ける。同時にステラも臨戦態勢に入った。
「では――仕方ありませんな」
シャペールの体から余計な力が抜けた。完全な自然体だ。しかしブレスはそんな彼を前に、全身から汗が噴き出るのを感じていた。




