第5話 逃げの一手
「えっと……多分人違いじゃないですかね……?」
ドアまでは数歩。走れば追いつかれずに外へ出られそうだ。
俺はそっと、すぐ近くに置いていたランプに手を置いた。
「人違い? ふざけたことを言うな。ヒリュー家の当主、ミリアルド・ヒリューであることは調べがついている。大人しく殺されてもらおう」
「こ、殺す? 俺がここで死んだら一か月後のイベントが発生しなくなるんじゃ……」
「イベントだと? 訳の分からないことを。死ね、ミリアルド」
男たちが俺の方へ動き出した瞬間、俺は手元のランプを消した。
「!?」
突然の暗闇に男たちが動揺する気配を感じた。
俺はそのまま全力でドアに駆け寄り扉を開けて、小屋の外へ飛び出した。
一体何なんだあいつら!? 俺を殺しに来たって――そんなの滅茶苦茶だろ! ちゃんとゲームのシナリオ通りに動けよ!
しかし文句を言っても仕方がない。少なくとも、刃物を持った怪しい男たちに命を狙われているのは現実なのだから。
森の中に駆け込みでたらめに走ること数秒。一瞬忘れかけていた疲労感が蘇って来た。
「うっ……」
木の幹に寄りかかり呼吸を落ち着ける。しかし、荒くなった息は収まってくれそうになかった。
よりによって魔法を試した瞬間に襲ってこなくてもいいじゃん。なんて空気の読めない奴らなんだ。いや、相手の立場からすれば、殺しのターゲットが勝手に疲労困憊になっててラッキーって感じなんだろうけど。
とにかく――逃げても無駄だったってことだ。
一か月間身を隠しておけば無事に生き延びられるなんて、甘い考えだったわけだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
荒い呼吸を鎮めながら、俺は頭を巡らせた。
ミリアルドが黒ずくめの集団に襲われるなんてイベントは『ブレス・オブ・ファンタジー』本編に出てこなかった。設定資料集にも『悪徳貴族のミリアルドは領民に重税をかけ、自分だけが平和に暮らしていた』と書かれていたくらいだし、少なくともミリアルドが命の危機を感じるような出来事は起こっていなかったはずだ。
それなのにどうしてこんなことに? もし俺がここで殺されたら『ブレス・オブ・ファンタジー』の物語は始まらなくなってしまう。……いや、待てよ。逆に考えれば――
「見つけたぞ、ミリアルド・ヒリュー」
「!」
気が付けば俺は、刃物を持った黒装束の男たちに囲まれていた。
「自ら逃げ場のない森の中に隠れるとは。聞いていた通り愚かな男だな、ミリアルド」
「……どうして俺を殺そうとするんだ」
「これから死ぬお前に、それを知る必要はない」
「教えてくれてもいいだろ、どうせ死ぬんだから」
「たわけたことを」
リーダーらしき男が俺に刃物を向ける。
マズい。もう少し時間を稼がなければ。
「あー、見たところあんたたち、誰かに雇われて俺を殺しに来たんだろう? もし俺を見逃してくれたら、あんたたちに払われた報酬の倍を払ってやるよ。どうだ?」
「意味のない交渉だ」
「じゃあ、倍じゃなくて3倍だ。これならどうだ」
「命乞いとは惨めだな。これ以上生き恥を晒す前に楽にしてやろう」
男が刃物片手に俺へと近づいてくる。
時間稼ぎもダメか。
だけど、俺の考えが正しいなら―――!
「ミリアルド様!」
俺の名を呼ぶ声がした。
次の瞬間、一陣の炎が男と俺の間に舞った。
黒装束の男が後ずさる。
直後、タキシードを纏った痩身の老人が木の陰から現れた。
「助かったよ、キャンベル」
「危ないところでしたな。ミリアルド様をこのような目に遭わせるとは、このキャンベル一生の不覚でございます」
「いや、俺は信じてたよ。キャンベルが来てくれるって」
「おお……ありがたいお言葉ですな」
俺の前に立って黒装束の集団と対峙したキャンベルが手を横へ振ると、それを合図にしたように炎が消えた。
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