第45話 感謝
時刻はちょうど夕暮れ時だった。
行政庁のある高台からはヒリュー領の中心街が一望できた。
ステイナー領のように商業で栄えた街ではないけれど、穏やかで平和な街だ。間違ってもここに住む人々を重税で苦しめようなんて気持ちは起きない。
「…………」
「ヒリュー領に戻って来たくなりましたかぁ、フルスト様?」
隣に立っていたリムニが俺に尋ねた。
リムニの瞳は夕日を受けて、いつも以上に澄んでいるように見えた。
「少し感傷に浸っていただけだ。一か月だけとはいえ、色々思い入れはあるからね」
「一か月?」
「あ、いや、こっちの話。それよりリムニの方だってヒリュー領に帰りたいんじゃないか? 家族は何も言わなかったのか?」
「心配いりませんよぉ。私の家族は散り散りになってしまってヒリュー領にはいませんから」
「そ、そうなのか。悪いことを聞いてしまったな。すまん」
「気にしないでくださいよぉ、私、今、フルスト様と一緒にいられて幸せですからぁ」
えへへ、とリムニが笑う。フツーに可愛い。……巨乳で従順なメイドか。属性マシマシだな。リムニルートがあれば最優先で攻略していたのに。
「反ステイナー派の問題が片付いたら、俺は今度こそ引きこもるからな」
「はいっ! 私がしっかりお世話しますから安心してくださいっ!」
リムニの笑顔が夕日の眩しさに負けないくらいの輝きを放つ。
ちょうどその時、行政庁の職員が俺たちの元へ駆け寄って来た。制服を着た若い女性だ。
「フルスト・ロウ様。お待たせいたしました。お宿の準備が出来ましたのでご案内いたします」
「ああ、ありがとう。よろしく頼むよ」
「……?」
職員は俺たち二人を見比べて不思議そうな表情を浮かべた。
「俺たちが何か?」
「あ――いえ、すみません。つい先日まで働いていたお屋敷のことを思い出していて。領主様のお屋敷で、私もそちらの方のような制服を着ていたんです」
「……そ、そうだったのか」
「不思議ですよね。お屋敷でメイドをしていたのが遠い昔のことみたいに感じるんです。亡くなられた領主様も最期は人が変わったように良い方になられて……」
「ほう」
「屋敷で働く者全員にお休みをくださって、それから行政庁でのお仕事をくださったんです」
「……メイドをしていた時と今とでは、どちらが良かったんだ?」
「もちろん今です! ですがもしもう一度お屋敷で働いているときに戻れたなら、領主様にもう一度お会いできたなら……ただのメイドに過ぎなかった私にここまで良くして下さったことへの感謝を伝えたいです」
リムニと俺は顔を見合わせた。
「君の気持ちはよく分かったよ。悪いが、宿へ案内してもらえないか?」
「ご、ごめんなさい。失礼いたしました。つい昔話をしてしまって……。こちらです」
少女のような係員は、ぱたぱたと歩き出した。
「ああ、すまない。少し待ってくれ」
「は、はい?」
係員が立ち止り振り返る。
「さっきの話の続きだが、多分、君の気持ちはその領主とかいう人にも伝わってると思う。俺が保証する」
「そ、そうですか? ありがとうございます。ええと、では、ご案内しますので私についてきてください」
そうして再び係員が歩き始めたとき、リムニが俺の耳元で囁いた。
「……良かったですねぇ、ミリアルド様」
「まあな」
この世界へやってくる前は、仕事をしても感謝なんてされたことは無かった。
『感謝を伝えたい』――そう言われて悪い気は、しなかった。
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