第32話 例のホテル
「ありがとな、リムニ。それじゃ」
「はい、フルスト様。美味しいご飯を作って待ってますね!」
「ああ。楽しみにしておくよ」
なんて若干死亡フラグっぽいセリフを言いながら、俺はカタヨル中佐の後に続いて外へ出た。
集合住宅のすぐ前の大通りには今日も数えきれないほどの屋台が並んでいて、商人や客でごった返していた。
そして大通りに出てすぐの道の脇に、見覚えのある馬車が停まっていた。以前俺たちを迎えに来た馬車と同じものだ。
「乗ってくれ、フルスト殿」
「どこへ行くんだ?」
「例のホテルだ。リリィ様がヒリュー領を守るために精鋭を集めておられる」
「リリィも来るのか?」
「いや、リリィ様は公務で来られない。今日の会合は私が進行役を務めることになっている。フルスト殿には助言役をお願いしたい」
「分かった。そのくらいなら出来そうだ」
俺が客車の中の、カタヨル中佐の隣に座ると、馬車はそれを待っていたように動き出した。ゆっくりと、この間リリィたちと会ったあのホテルへと進んでいく。
「先に渡しておこう。これが反ステイナー派に関する資料だ。目を通しておいてくれ」
「ああ、ありがとう」
言いつつ、俺は中佐から紙の束を受け取った。結構分厚くて、中は反ステイナー派に加担しているのだろう人物の写真や文字で埋め尽くされていた。
カタヨル中佐たちがこれだけ反ステイナー派の情報を掴んでいるにもかかわらず、まだ事態を収拾できていないのは、それだけ反ステイナー派を支援する人物たちが強力だということか――もしくはカタヨル中佐たちがあまり有能ではないかのどちらかだろうけれど、リリィの話しぶりやこれだけの資料を作れるところを見るに、後者は無さそうだ。
反ステイナー派の狙いはステイナー領の金鉱脈。莫大な利益を生むそれを自らのものにすることだ。金鉱脈の利益がどれほどのものかは、資金援助の見返りとしてヒリュー領に納められたものを見た俺もよく知っている。
メチャムの話では、反ステイナー派を支援しているのはステイナー領周辺の貴族たち。
しかし――本当にそれだけだろうか。
周辺諸侯の資金も無限じゃない。いくら金鉱脈の利権が絡んでいるからと言って反ステイナー派を支援し続けられるわけではないはずだ。
カタヨル中佐からの資料を眺めていても、有力な商人やステイナー家から離反した官職の人間ばかりで、反ステイナー派を支援する諸侯の情報はほとんどなかった。
「……中佐、反ステイナー派は金鉱脈の利権を狙う周辺諸侯の支援を受けているという話を聞いたことがあるが」
俺の言葉に、隣に座っていた中佐が眉を動かした。
「どこでその情報を?」
「噂だよ。詳しくは知らない――が、可能性は高いだろう? 権力争いで疲弊したと言っても、中佐たちはステイナー領という一大領地の領主一派だ。そんな君たちが全力をもってしても反ステイナー派を掃討しきれないというのは、反ステイナー派にそれだけ強力な支援者がいるということじゃないのか?」
「貴公の言っていることは正しいな。もちろん我々も、反ステイナー派の支援者を追っている。が、まだ情報として確かなものが得られていないのだ。もっと具体的な調査結果が手に入れば伝えよう」
「確かでなくても良い。支援者と思われる人間もリストにして提供してくれ。この様子だと、ヒリュー領への攻撃を計画している首謀者もはっきりしていないようだな」
「……正直に言って、その通りだ。反ステイナー派の背後にある存在までは把握しきれていないのが現状だな。だが、全く情報が無いわけではない。現在分かっている部分だけでも資料を作らせよう」
「頼む」
もしかすると、反ステイナー派の中に『ブレス・オブ・ファンタジー』本編に登場した人物がいるかもしれない。そうなれば、相手の行動を予測して裏をかくこともできるはずだ。
うん。
……資料ばかり見てたら気持ち悪くなってきた。ちょっと外を眺めておこう。
「話は変わるが、シャペール殿は今日ご不在だったのか? 買い物に行っていると言う話だったが」
「え? ああ、そうだけど」
「そうか……」
「シャペールに何か用事だったのか?」
「いやそういうわけではないのだが、彼は召使いなのか?」
「ああ、俺が雇っている」
「出自は分かるか?」
俺がシャペールについて知っているのは、古くからヒリュー家に仕える古株の執事で、田舎の方に娘夫婦と孫が住んでいるということくらいだ。設定資料集にもそのくらいしか書かれていなかったはずだけど。
「悪いな、中佐。そこまで詳しいことは俺も知らないんだ」
「いや、こちらこそすまない。妙なことを聞いてしまった。気にしないでくれ」
「シャペールのこと、何か知っているのか?」
「昔、彼によく似た人物を見かけた気がしたが……記憶違いということもある。それより、もうすぐ到着するぞ」
「ああ」
気が付けば馬車は森の中へ入っていた。
木々の間をゆったりとした速度で駆けていく。
幾分か乗り物酔いも収まった頃、馬車は例のホテルの前で停まった。




