第24話 理想の引きこもり生活
◇◆◇◆
ステイナー領の中心街は、早朝から金鉱脈へ向かう労働者と商人たちで賑わっていた。
その片隅にある集合住宅の一室で、俺はソファに座り新聞を広げていた。
「『悪徳貴族ミリアルド・ヒリュー、英雄ブレスによって討たれる』、か……」
新聞の一面にはそんな記事が掲載されていた。そして、騎士であるブレスの写真の横には情けない表情を浮かべたミリアルドの写真があった。
「……全然似てないな、この写真」
自分を贔屓するわけじゃないが、今の俺の方が幾分マシな顔つきをしている――気がする。キャンベルとの訓練で身体を鍛えた成果が表情に出たのかもしれない。
そして新聞には、ブレスが次期国王候補の一人に推薦されたことも書かれていた。『ブレス・オブ・ファンタジー』の物語はストーリー通り、順調に進みつつあるということだ。
そのとき部屋のドアが開き、ピンク色のロングヘアをした巨乳メイド少女が入って来た。
「コーヒーが入りましたよぉ、ミリアルドさ――あ、ええと、フルスト・ロウ様」
「ありがとう、ミーア」
「ミーアじゃないですぅ、リムニ・ミクロンですぅ。ミリ――じゃなかった、フルスト様がそう名乗れって言ったんじゃないですかぁ」
「ああ、そうだった。ありがとう、リムニ」
俺はミーア改めリムニからコーヒーを受け取った。
「新聞の記事、ミリアルド様の写真が載ってますねぇ」
「これじゃ有名人だよ。しばらく外は出歩けないな。引っ越しの手続きとかあるんだけど」
「大丈夫ですよぉ、私とキャンベルさん――じゃなかった、シャペールさんでやっておきますから。フルスト様は部屋でゆっくりされていてくださいね」
「え、いいのか!? じゃあお言葉に甘えて引きこもり生活を――」
と、そこへ大きな荷物を抱えたキャンベルが帰ってきた。
「表通りはすごい賑わいですぞ、フルスト様。このキャンベル――あ、いや、シャペールも驚きのあまり腰を抜かすところでございました」
「そうか……しばらくして落ち着いたら市場を観に行くのもいいかもしれないな」
俺とミーア、そしてキャンベルの三人はステイナー領へと移住してきた。
リリィに用意してもらった架空の戸籍を使って、全くの別人としてステイナー領の人間になったのだった。
これで『ブレス・オブ・ファンタジー』のストーリー通りにミリアルド・ヒリューは死んだ。しかし俺自身は生き残った。
だからもう少し生きてみようと思った。
ミーアやキャンベル、そしてメチャム――俺に生きていて欲しいと思ってくれる人たちがいる限りは。
とにかくこうして世間的にミリアルドが死亡したことで、ようやく俺はこの世界で自由になれたわけだ。
本当はステイナー領へミーアやキャンベルを連れて来る予定はなかったけれど、どうしてもついてくるといって聞かなかったので一緒に来てもらった。
ヒリュー領もメチャムがうまくやってくれるだろう。少なくともかつてのミリアルドのように重税で民衆を苦しめ続けるようなことはしないはずだ。
とにかくこれで俺は自由になった。
タイトルをつけるなら、転生したら悪徳貴族だったけど引退してセカンドライフを楽しみます、だな。
リムニが淹れてくれたコーヒーを飲む。うん、美味い。元がゲームの世界だからか、食べ物も現実世界とあまり変わらないのもありがたいよな。
さてこれからどうしよう。何せ時間はたっぷりある。ゆっくり決めよう。そうだな、とりあえず引きこもるための部屋のレイアウトを考えるところから……。
「失礼、フルスト殿のご自宅はこちらかな」
玄関の方から声がする。
俺たちは顔を見合わせた。
「誰だろう」
「お知合いですかぁ?」
「ステイナー領へは来たばかりだぞ。知り合いなんているもんか」
「ふむ、とりあえず私が出てみましょう」
キャンベル改めシャペールが荷物を置き、玄関へ向かう。
俺とリムニはドアの陰からその様子を覗くことにした。
シャペールが玄関の扉を開けると、ステイナー領の軍服を着たガタイの良い男が立っていた。
「……私はフルスト様にお仕えする使用人のシャペールでございます。ご主人様に何用ですかな?」
「申し遅れた、ステイナー軍のカタヨル中佐だ。実は我が領主、リリィ・ステイナー様の勅命でフルスト殿をお迎えに上がった」
「と言いますと……?」
「反ステイナー派へ対抗するため貴公に協力を依頼したいとのことだ。ご同行願いたい」
「………………」
シャペールが困ったように俺の方を見る。
理想の引きこもり生活を送るには、もう少し時間がかかりそうだ。
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