第21話 生きる意味
痛みは一瞬だけで、自動的に発動した回復魔法が俺の傷を一瞬で治していった。
立ち上がり再び剣を構えながら、何が起こったのか考える。あんな強力な技を、チュートリアル時点で習得していただろうか。いや、主人公が固有の技を覚えるのはもう少し後だ。この時点では単純な攻撃しか出来ないはずだ。
だとしたら今のは、本当にただ剣が触れただけ――!?
「隙だらけだぞ、ミリアルド!」
再びブレスが俺へ突進してくる。攻撃の軌道は読めている。キャンベルの剣より遥かに遅く――そして、その攻撃パターンは俺が『ブレス・オブ・ファンタジー』をプレイしている間、何度も使用していたものだったからだ。
一撃目を躱しブレスへ切りかかる。しかし俺がブレスに与えたダメージはステラの回復魔法ですぐに治され、代わりに触れれば即死級の攻撃が俺を襲う。
「くっ……!」
再び吹き飛ばされて床を転がり、そして立ち上がる。
どうすればいい?
ステラが魔力切れになれば――いや、ダメだ。チュートリアル時のみ、魔力は無限に設定されている。
だったらステラから倒せば……! メインヒロインを手に掛けるのは心が痛むが、この場合仕方ない。
俺は剣をステラの方へ構えなおし、彼女に向かって走った。
しかしその瞬間、まるで瞬間移動したような速度でブレスが俺の前に現れ、即死レベルの斬撃を浴びせてきた。
「な―――!?」
ギリギリで躱し、後ろに下がる。
なんだあの動き!? 完全に物理法則を無視している。あんなの対策しようがない。
これじゃステラから倒すこともできない。だとしたら――だとしたら、どうすればいいんだ?
ブレスは倒せない。ステラも倒せない。
これって詰んでない?
その時になってようやく、俺は悟った。
これは『強制負けイベント』なのだと。
一か月かけて準備をしても意味のないことだったのだと。
結局、俺の人生はいつもこうだ。
就職して社会人になってからは、出来るわけの無い仕事を丸投げされて、そして避けようのない失敗をするという負けイベントの繰り返しだった。
だからもう外には出ないと誓った。部屋の中にいれば、少なくとも負けイベントを強制されることはないからだ。
――というか、そもそも。
俺は本気で『ブレス・オブ・ファンタジー』の主人公を倒し生き延びることが出来ると思っていたのか?
本当に生き残りたかったのか?
ブレスが俺に切りかかる。反射的に体が動き、その剣を剣で受け止める。両手が衝撃で痺れる。その間も俺は頭の中で自問自答していた。
仕事を辞めて部屋に籠りゲーム漬けの日々を送っていたあのとき。
部屋の隙間という隙間をテープで塞いだとき。
俺は本当に生き延びたかったのか?
そんな密閉された空間でファンヒーターなんか使えばどうなるか、分かっていたはずじゃないのか?
いやむしろ――それを望んでいたんじゃないのか?
生きていても仕方ないのだから、『ブレス・オブ・ファンタジー』という幻想の世界に熱中したまま死にたいと思っていたんじゃないのか?
ブレスの剣戟で俺の剣が真っ二つに折れた。刃の先が宙を舞い、回転して床に突き刺さった。
「そうか……本当は、俺は死にたかったのか」
ブレスの剣が俺に向かって振り下ろされる。
現実感を失くしたまま、俺の体だけが無意識に動く。
剣の直撃は避けたものの、俺の右腕の肘から先がきれいに切り離され、反動で窓の外へと飛んでいくのが見えた。
死ぬのか、俺は。
まあ――それでも良いか。
本気で生き延びれると思っていたわけじゃなかったんだ。
言い訳をするように、思う。
体を鍛えて回復魔法を学んでも、領地の改善に取り組んでも、すべては無駄なこと。
死の運命が避けられないことは分かっていた。黒装束の男たちに襲撃されても、プロの暗殺者に狙われても生き延びることが出来たのは、俺が今日このとき死ぬことが決まっていたからだ。
俺の人生そのものが負けイベントだったんだ。
それは、この『ブレス・オブ・ファンタジー』の世界でも変わらなかった。むしろそれを再認識させられた。
ブレスが剣を構える。
死ぬんだな、と思った。
そのときだった。
「ミリアルド様っ!」
聞き慣れた声に、俺は我に返った。
振り返る。
ミーアとキャンベルがこちらに駆けてくる姿が見えた。
「お前たち、なんで―――!?」
言いながらも分かっていた。
二人は俺を助けに来てくれたのだ。
だが、もう遅い。
ブレスの剣が振り下ろされる。
「くっ……!」
せめて二人は守らなければ。
俺はミーアたちを庇うために両腕を開き、剣の前に身を晒した。
この世界で、俺を助けに来てくれるような人が出来た。それだけでも俺の一か月は無駄じゃなかった。
生きる意味はあったんだ。
そんな僅かな満足感を覚えた瞬間、剣の刃が俺の脳天に触れるのを感じた。
そして――俺の意識は途絶えた。
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