第20話 主人公、襲来
メチャムをはじめとする行政組織は、ヒリュー家の屋敷から行政庁と呼ばれる新しい建物へと引っ越した。
これで俺が居なくなっても別の場所で領地経営が行われることになる。
そして屋敷に勤めていたメイドや執事たちにも休暇を出し、休暇が明けた後は行政庁へ勤めるよう命令書を渡してある。
こうして――ヒリュー家の屋敷は空になった。最後に俺だけを残して。
誰も居なくなった屋敷は静かで、そして虚しいまでに広々としていた。
この世界で過ごしたのはほんの一か月。しかし濃密な一か月だった。
そして今日、俺の運命が決まる。
俺がこの世界に来てちょうど一か月目の今日こそ――『ブレス・オブ・ファンタジー』の本編が始まる日だった。
同時にそれは、俺、ミリアルド・ヒリューが死ぬ日でもあった。
国王から命令を受けた主人公パーティが悪徳貴族であるミリアルドを討つ。ミリアルドはしつこいまでに回復魔法を使って抵抗するも、最後は主人公に殺される。
中ボス未満の、チュートリアルで死ぬ敵キャラ。それがミリアルド・ヒリューだ。
俺は『ブレス・オブ・ファンタジー』の中で、ミリアルドを何度も倒した。そのたびに、ミリアルドのしぶとさに苛立たされた。
俺はどのくらい持つだろうか。俺が倒して来たミリアルドほど足掻くことが出来るんだろうか。
それもまた今日が終わるころには分かることだ。
大広間に用意された最も豪華な座席。
ゲームの中でミリアルドが腰かけていたその席に、俺は深く腰掛けた。
豪奢な装飾が施された椅子の手すりを撫でながら、まるで死刑執行のための電気椅子だな、と思った。豪華な電気椅子だ。
座席に腰かけ目を瞑り、大きな荷物を抱えて屋敷を後にするミーアやキャンベルの姿と心底俺を心配してやまない彼らの表情を思い出していると、大広間の扉が勢いよく開けられた。
「ミリアルド・ヒリューだな!」
聞き覚えのある声で目を開けると、見慣れた姿が視界に飛び込んできた。
鎧に身を固めた金髪碧眼の騎士。『ブレス・オブ・ファンタジー』の主人公だ。デフォルト設定なら、名前はブレス。
その背後には、正ヒロインであるステラの姿もあった。
彼らの鎧には傷一つない。もちろん何の抵抗も受けなかったからだ。
本来であれば、この屋敷にいた執事やメイドはミリアルドの命令で生きた壁として主人公たちに襲い掛かり、返り討ちに遭うはずだった。そして主人公たちの鎧は無理な命令を受けて死んでいった屋敷の使用人たちの血で汚れることになっていた。序盤に用意された胸糞エピソードだ。そういうこともあってミリアルドへのヘイトはますます溜まり、ミリアルドを倒したときの爽快感が増すのだが。
とにかく、使用人たちの命は守ることができた。後は――俺が生き残れるかどうかだけだ。
「王の命令を受けて俺を殺しに来たんだろう?」
言いつつ、俺は椅子に立てかけていた剣を片手に立ち上がった。
「抵抗しても無駄だ、ミリアルド」
「抵抗しなければ殺されるだけだろ?」
鞘から剣を抜く。木刀とは違う重みを両手に感じた。
「悪徳貴族ミリアルド、王の命令はお前の殺害だ。領民を重税で苦しめた罪をその命で償え」
主人公――ブレスもまた剣を抜き、背後のステラは杖をこちらに向けた。
「そう簡単に殺されはしないよ、俺は」
俺が剣を構えた瞬間、主人公が動いた。
一気に距離を詰めて俺に斬りかかる――が、その剣筋はキャンベルのものよりも鈍かった。
「遅い!」
剣を振り、主人公の攻撃を弾き返す。そして空いた敵の懐へ踏み込み、更に剣を振った。ブレスの鎧の隙間を剣先が切り裂き、血が迸った。
「―――!」
「ブレス!」
ステラの杖が発光する。回復魔法だ。切ったはずのブレスの傷が一瞬で癒える。
同時にブレスは俺に剣を斬り返した。しかしやはりキャンベルより遅い。このくらい簡単に躱せ―――!?
「!」
躱したかと思った瞬間、剣の先が僅かに俺へ触れた。
その瞬間俺の体は吹き飛び、ジェットコースターに乗った時みたいな反動で脳が揺さぶられ、そのまま大広間の壁に叩きつけられた。
な、なんだよ、あの技……!?
ほんの少し触れただけだぞ……!?
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