第17話 やましいコトは何もない
「俺はまだまだお前の恥ずかしい秘密を知っているぞ!」
「わ、わ、訳が分からないわ! あーもう、死んでしまいなさい、二人ともっ!」
イリシャが四方八方に空気の斬撃を飛ばす。俺はリリィを庇うように、彼女に覆いかぶさった。頭上を斬撃が掠めていく。しかし冷静さを失ったイリシャは斬撃のコントロールも失っているようで、彼女の攻撃が俺たちに当たることはなかった。
そして部屋の中はめちゃくちゃになり――ついに。
「あ」
イリシャの間抜けな声が聞こえた。
俺が顔を上げると同時に、ガラガラという大きな音がしてイリシャが立っていた辺りの床が崩れ落ちた。イリシャが滅茶苦茶に放った攻撃によるダメージに耐えきれず、部屋自体が崩壊したのだ。
イリシャが下の階へと落ちていく。俺はリリィを抱きかかえ壁際へ逃れた。床の崩壊は、ちょうど俺たちの足先で収まった。
「お、覚えていなさいっ!」
そんな声がして、割れた窓ガラスの向こうに逃げていくイリシャの姿が見えた。
なんとか窮地を脱したらしい。脱力した俺は壁にもたれるようにしゃがみ込んだ。
「み、ミリアルド様……」
「もう大丈夫だ。安心しろ。俺が二人きりで話をしたいなんて言ったせいでこんな目に遭わせて悪かった」
「い、いえ、守っていただいてありがとうございます。で、ですが、この手は……」
「!」
見れば、リリィの体を抱き寄せたままだった。リリィの潤んだ瞳がすぐ目の前にあった。慌てて手を放した俺は、そのままリリィから距離を取った。
「す、すまん、リリィ」
「い――いえ。き、気になさらないでください……!」
リリィが俺から顔を背ける。
今の俺は悪徳貴族のミリアルド・ヒリュー。令嬢であるリリィにとっては忌むべき存在だろう。暗殺者に有利な状況を作り出したのも俺自身なのだから、なおさらだ。
「ミリアルド様ッ!」
切羽詰まったような声と共にキャンベルがドアを開ける姿が見えた。イリシャが去ったことで空気の壁による防音効果が無くなり、異常事態に気が付いたのだろう。
「み、ミリアルド様、これは――ッ!?」
キャンベルはドアを開けたところで床が亡くなっているのに気づいたのか足を止め、崩壊した室内を見て驚愕の表情を浮かべた。
「……後で詳しく説明するよ。とりあえず俺たちを安全な場所に連れて行ってくれ」
俺がキャンベルに言ったのと同時に、つま先のすぐ向こうで床の瓦礫がまたひと欠片、重力に引かれて落ちて行った。
◇◆◇◆
「ま、まだやるんですかぁ~!?」
パンッ! パンッ!
破裂するような音と共に、ミーアが悲鳴を上げる。
屋敷の裏庭。
木々に覆われた、開けた場所。
そこで俺は――キャンベルと二人で――ひたすら木刀を打ち合っていた。
木刀がぶつかるたびに破裂するような音が周囲に響いた。特に卑猥なことをしているわけではない。
「もう一時間もやってるんですよ、二人とも死んじゃいますよぉーっ!」
「――っ!」
一歩踏み込み木刀を振り下ろす。それをキャンベルが受け止め、そして俺に反撃してくる。俺は僅かに後退し、その攻撃を木刀で受け止める。
キャンベルの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。さらに、その表情は僅かに歪んでいる。いつも冷静で動じないキャンベルらしくない表情だ。恐らくキャンベルも限界が近いのだろう。俺の攻撃を受け止める反応が徐々に鈍くなってきているのが分かる。
「ミリアルド様……ッ!」
「キャンベル!」
俺は捨て身覚悟でキャンベルとの距離を詰め、さながら居合切りのように素早く剣を振った。速度の乗った木刀がキャンベルの剣を弾き、その体勢を崩させる。
「……!」
しまったという表情を浮かべながら膝をついたキャンベルの首筋に、俺は木刀で触れた。
「ようやく勝てたかな、キャンベル」
「完敗でございます、ミリアルド様」
フッ、と諦めたように笑うキャンベル。
俺の木刀がキャンベルの体に触れたのはこれが初めてだった。
ステイナー家の屋敷での一件から数日。
王国から刺客がやってくる運命の時が迫る中、俺はますます鍛錬に打ち込んでいた。
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