第13話 調印式
そんなくだらないやり取りをしている間に馬車は街を抜け、ステイナー家の屋敷の門をくぐった。その屋敷は、金鉱脈で栄える商業の街の領主だけあって、屋敷と言うよりも城を思わせるような壮大な建物だった。
この中に『ブレス・オブ・ファンタジー』の推しヒロインであるリリィがいる――はずだ。
馬車が屋敷の入り口で停まる。ステイナー家に仕える使用人たちが整列して俺たちを出迎えてくれていた。
……そういえば調印式って何をするんだろう。
印鑑を押すだけだろうか。
その辺は何も考えずに来ちゃったけど――まあ、いっか。何とかなるよな。うん。
「……では、ミリアルド様」
メチャムが俺に目くばせする。
「ああ、行こうか」
「ミリアルド様、声が震えてますけど」
「うるさいぞ、ミーア。別に緊張してきたわけじゃないんだからねっ!」
「ご安心くださいミリアルド様。我々にお任せ下されば問題ございません」
メチャムが胸を張る。
「ああ、心強いよ」
とりあえず頭の中をこれから会うであろうリリィのことに切り替えながら、俺は馬車の席を立った。
◇◆◇◆
俺たちが通されたのは、豪奢な作りの応接室――とでもいえば良いのだろうか、中央に大きなテーブルが鎮座していて、会議とかができそうな部屋だった。分厚い赤色の絨毯が敷き詰められていて、装飾のあしらわれた壁には絵画が掛かっている。さらに天井にはシャンデリアがあり、恐らくは魔法で点灯しているのだろう光が揺らめいていた。
俺とメチャムが席に座り、その壁際にミーアとキャンベルが控えるような形で待つこと数分。
部屋の奥の扉が開き、数名の執事と共に銀髪の少女が部屋へと入って来た。
「おお……」
思わず声が漏れた。
その銀髪の少女こそ、まさしくリリィ・ステイナーだった。青みがかった瞳や白磁のように透き通った肌、細身な体つき。ゲーム内のデザインそのままだ。
「ミリアルド・ヒリュー様。ようこそおいで下さいました」
リリィは席に座る前に一礼すると、言った。
す、すげえ! キャラクターボイスもそのままだ! 俺の推しヒロインが、目の前にいる!
本当ならばこの感動に包まれたままリリィの姿を眺めていたかったが、今は調印式。俺は咳払いをしてから口を開いた。
「い、いえ。リリィ様の要請に応えたまでです」
「感謝しますわ、ミリアルド・ヒリュー様。ヒリュー家からの援助があれば、ステイナー領にも平穏が戻るでしょう。協定書の準備を」
そう言ってリリィは席に座った。その背後で役人たちが手際よく準備を始める。
「では、調印式に移ります」
リリィの背後に控えていた、恐らくは重役なのだろう年配の役人が声を上げると同時に、俺の前に書類が準備された。
「……ミリアルド様、こちらにお名前を」
メチャムが囁く。
こういうのは隅っこの方に小さく注意書きとかが書いてあるものだよな、と、俺はスマホを契約した時の書類を思い出した。が、協定書の隅には特に何も書かれていなかった。ちょっと安心した。
俺はメチャムからペンを受け取り、協定書にサインをした。
「これで契約は完了だな」
「はい。ご支援に心より感謝いたします、ミリアルド・ヒリュー様」
リリィの碧眼が俺を見つめる。
二次元からそのまま飛び出してきたような――いや実際は俺が二次元に飛び込んだような状況だけど――リリィの姿は、現実のものとは思えないほど美しかった。いや実際は現実のものではないんだろうけど――とか言い始めたらキリがない。俺は再び協定書に目を移し、事前にメチャムから受けていた説明を思い出した。
この協定書は単純にヒリュー家がステイナー家へ資金援助するための合意を示すだけの書類じゃない。協定書内の文言には、金鉱脈から得られた利益の一部、そして今後新たな鉱脈が見つかったときにヒリュー家が優先的に利権を確保できるというステイナー家からの見返りも盛り込まれていた。いわば、今回ステイナー家へ提供する資金で金鉱脈の利益を買い取ったようなものだった。しかもかなりの好条件で。
こんな契約を交渉で勝ち取ったのだから、やはりメチャムは優秀な人材だ。彼をクビにした本来のミリアルドがいかに人を見る目が無かったのか分かる。
だけど――まだだ。
俺はまだ、この協定書の内容に満足していなかった。
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