第10話 鬼と化す執事
◇◆◇◆
「ミリアルド様。このキャンベル、貴方様のために鬼となりますぞ」
「お、鬼っすか」
ヒリュー家の屋敷には、先代たちが鍛錬のために使っていた武道場のような施設があった。
その、厳かな雰囲気漂う板張りの空間で、俺はキャンベルと向かい合っていた。
「これをお使いください」
キャンベルが俺に木刀を渡す。
持ってみると、意外に重たかった。
「使うって……?」
「こちらは素手で構いません。どうぞお好きに打ち込まれてください」
「この木刀でキャンベルを叩けって言いたいのか?」
「その通りでございます」
素手VS木刀の模擬戦ってところか。
さすがにそれは俺の方が有利なんじゃ、と言いかけて、キャンベルが短剣を持った相手を素手で圧倒していたことを思い出した。
自慢じゃないが生まれてこの方、俺はケンカの類は一切やったことがない。そんな俺がいきなりキャンベルと戦うなんて――。
「いや、ここで逃げるわけにはいかないもんな」
俺は木刀をキャンベルに向けて構えた。
あくまで模擬戦だ。命を取られるわけじゃない。そして、キャンベルに鍛えてもらわなければ、俺を待っているのは死の運命だ。
「さあどうぞ、ミリアルド様」
「行くぞ、キャンベル!」
木刀を振りかざしキャンベルめがけて突撃する。
そしてその勢いのまま木刀を振り下ろした――瞬間。
俺の体は宙を舞っていた。
「……え?」
直後、俺は板張りの床に叩きつけられていた。激しい痛みが全身を駆け抜ける。
「素人の動きですな、ミリアルド様。しかしそれで良いのです。それでこそ鍛える意味があるというものです」
「な、何をしたんだ……!?」
「こちらに向かってこられるミリアルド様の力を利用して、そのまま宙へ投げ飛ばしただけのこと」
「い、今の一瞬で?」
「訓練を積めば容易いことです。さあ、お立ちください」
俺は木刀を支えに立ち上がった。床に打ち付けた背中に鈍い痛みが残っている。
「その体術を俺に教えてくれるってわけだな」
「いえ、そのためには準備が必要です」
「準備?」
「武術とは最初から身に着くものではありませぬ。鍛錬された肉体があって初めて武術――すなわち技ですな。それは意味を成すのです」
「つ、つまり?」
「ミリアルド様に必要なのは、まずは身体の訓練ですな。このキャンベル、ミリアルド様のために鍛錬の鬼となりますぞ! まずは基礎体力から! 屋敷の外周を100周です!」
「せ、せめて5周くらいにならないか!?」
「つべこべ言わず外へ出るのですぞ、ミリアルド様!」
くわっ、と目を見開いたキャンベルの迫力に押し負けるようにして、俺は外へ飛び出した。
頼む相手を間違えたかもしれない。
屋敷の周りを走りながら、俺は少し後悔した。
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