何もしない院長パート84「丸川先生、隣のおばちゃん拾う」
南方総合病院・消化器内科部長、丸川先生。
熱い男である。
某地域医療推進のため、各県が費用を出し合って設立した例の大学の出身。もちろん地元・南方の生まれだ。
義務年限が終わる前にこの病院が気に入り、入職1か月にして就職宣言。なんと1年後には地元に家を建ててしまった。お子さん3人もすべて地元の学校。青年部の会長に消防団員。すでに「南方の顔」の一人である。
趣味は子供と走るトレイルランやサッカー。だが、実は“カーきち”でもある。
家族5人にもかかわらず、奥さんの軽ミニバン以外普通車は二人乗りオープンスポーツカー1台。九州でのトライアスロン大会には、自転車をバラして助手席に積み込み、現地に参戦したほどの強者だ。
通勤も走ってくるか、はたまたオープンカーで颯爽とやってくるか。——そんな男である。
■事件の朝
その日も天気は快晴。屋根をフルオープンにし、鼻歌交じりで通勤していた。
交差点にさしかかった時だった。道端に妙齢の女性がうずくまっている。
丸川は即座にハザードをだし車を停め、駆け寄った。
医師の性だ。素早く触診。視診。脈が触れない、顔面蒼白、冷や汗。——ショック状態だ。
「おばちゃん!?」
見ると、いつも大根やほうれん草を分けてくれる隣のおばちゃんだった。
普通なら119番。いや、常識的には間違いなく、医師であっても119番だろう。
しかしこの熱い男は南方総合病院へ直電した。
「細野さん?丸川だけど、人呼んでERあけといて!今すぐ連れてく!」
「えーっと。丸川先生?!?」
「つーっ、つーっ、つー。」
「あっ。きれた!。」
わけがわからない。守衛の細野は一瞬固まったが、すぐに状況を察知。コードブルーを発動した。細野さんファインプレーである。
丸川はおばちゃんをお姫さま抱っこ。オープンカーの助手席に寝かせると、声をかけ続けながら、爆音とともに南方総合へと走り出した。
■南方総合病院ER
「丸川先生が患者を連れてくる!?」
「まじで?ご家族じゃないの?」
そんな謎の情報に翻弄されつつ、スタッフは急いで受け入れ準備。
やがて病院では有名な、真っ赤なスポーツカーが院内ロータリーへ滑り込み、助手席のドアが開くと、ストレッチャー代わりに助手席に寝かせられたおばちゃんが現れた。
診断は急性心筋梗塞。即座にカテ室でPTCAを施行、事なきを得た。
■武勇伝、そして野上の一言
「丸川先生、やっぱり熱いわね」
「助手席で救急搬送なんて前代未聞だろ」
病院中が話題で持ちきりになった。
だが翌日、院長室で武勇伝を聞いた野上院長は、羊羹をかじりながらただひと言。
「……まあ、ええんちゃう。“助手席救急”も南方らしくて。」
こうしてまたひとつ、丸川伝説が生まれたのであった。
■退院後、商店街にて
おばちゃんが無事退院してから数日後。
丸川先生は商店街をいつものようにジョギング帰りに通りかかった。すると魚屋のおっちゃんが叫ぶ。
「丸川先生! 聞いたでー。この前はお手柄やったなあ!」
八百屋のおばちゃんも続ける。
「助手席に中川さんちの奥さん寝かせて、スポーツカーでビューン!って行ったって? あたしら、映画かと思ったわよ」
さらに豆腐屋のご主人がにやり。
「先生、今度はうちのワゴン車で搬送してくれてもええんやで。ストレッチャーも積めるから」
商店街中から冷やかしと感謝の拍手。
丸川は照れ笑いしながら、ジョギング用のリュックからタオルを引き抜いた。
そこへ、元気になった中川のおばちゃん本人が登場。
「先生、この間はほんまにありがとう。お礼に大根持ってきたよ!」
渡された大根を両手に抱えて立ち尽くす丸川に、商店街全体から爆笑と拍手が湧いた。
■野上院長のひとこと
後日、院長室でその話を聞いた野上院長は、やっぱり羊羹をかじりながらひと言。
「……ええんちゃう。地域密着型のER搬送ってことで」




