何もしない院長パート77「医療従事者労働環境改善対策委員会での一幕」
■委員会
南方総合病院・大会議室。
「医療従事者労働環境改善対策委員会」なるものが開かれた。
テーマは「医師の超過勤務の線引き」。
厚労省の“時間外労働規制”が本格適用される目前で、現場の声は沸騰していた。
外科のベテラン・国友医師が机を叩く。
「自己研鑽も残業扱いだと?
夜なべして論文書くのも、休日に解剖書読み込むのも、俺たちはそうやって成長してきたんだ!」
対する若手・佐久間レジデントは苦い顔。
「先生、それは“修行”じゃなくて“労働”です。
学ぶために命すり減らして、患者に安全な医療を提供できますか?」
場は一気に火花を散らす。
■板挟みのコメディカル
看護師長の中山が口をはさむ。
「先生方、結局その負担は看護師や技師に跳ね返るんですよ。
研鑽だからと深夜にカンファレンスを開かれても、付き合わされるのは現場なんですから。」
衛生委員会幹事の向山も続く。
「そもそも“自己研鑽”を盾に無制限労働を続けてきたから、今の制度改革があるんでしょう。
その感覚のままでは若い医師がもたない。」
■副院長・熊田の意見
外科副院長で安全管理室長でもある熊田が、珍しく真面目に腕を組んだ。
「私は外科出身だから国友先生の気持ちもわかる。
だが、自己研鑽は“自由意志”でやるから価値がある。
義務づければ、それは労働であり、搾取だ。
我々指導医は“研鑽の場”と“勤務”をきちんと切り分けなければならない。」
会議室にざわめきが走る。
■野上の一言
みんなが議論で疲れたころ、例の「何もしない院長」野上が湯呑みを片手にぼそり。
「まあ……“学ぶのは勝手、巻き込むのは不覚”ってとこかな。」
誰もが一瞬きょとんとした後、思わず吹き出した。
「巻き込むのは不覚」——この一言が、妙に会議の空気を和らげたのだ。
■後日談
このフレーズはポスターになって院内に貼られ、
若手には「逃げ道」として、ベテランには「戒め」として引用されるようになった。
そして労働環境改善対策委員会は、
「自己研鑽は各自の自由。ただし勤務時間に組み込む場合は“教育プログラム”として事前承認を必要とする」
という新ルールをまとめるに至った。
——またもや野上の“何気ない一言”が、病院の方針を決めてしまったのであった。
「残業か自己研鑽か? それはな、酒を飲むのが“情報収集”か“時間外労働”かを、翌朝の二日酔いでしか判断できんのと同じだ」野上太郎




