何もしない院長パート75「パワハラ医師と、現場の奮闘」
南方総合病院には、誰もが眉をひそめる医師がいた。
傲慢、自己中心、コメディカルへの恫喝は日常茶飯事。患者への接遇も悪く、投書箱には「先生を替えてほしい」という声が溜まっていく。
だが——外科系。
彼の執刀件数は多く、手術点数は病院経営に直結する。人手不足の現場では、「辞めてもらう」など夢のまた夢。
■安全管理室の中山看護師長の奮闘
安全管理室長代理の中山恵子は、患者・職員からの苦情を最前線で受ける立場だった。
「また、あの先生ですか……」と溜息をつきながらも、記録に残し、関係部署と共有。看護師やリハスタッフの心のケアまで担う。
「医療安全上のリスクを放置するわけにはいかない」
——だが、相手は医師。立場上、指導の矛先を直接向けるのは難しい。
■衛生委員会の向山さんの奮闘
衛生委員会幹事の向山さんも、職員相談窓口に寄せられる声の多さに頭を抱えていた。
「働きやすい職場を」などと掲げながら、その実、現場が最も困っているのは一人の医師の存在なのだ。
「院長にまで持っていくべきか……でも経営もある……」
そんな板挟みの中で、彼もまた苦悩していた。
■そして院長室にて
ある日、中山と向山は意を決して、野上院長のもとに直訴した。
「患者からも職員からも、苦情が止まりません。安全面からも放置できません」
「しかし、辞めさせることもできません。どうかご判断を」
二人の必死の訴えに、野上は深く椅子にもたれかかり、腕を組んだまま天井を見上げた。
しばしの沈黙のあと、ぼそりとつぶやく。
——「まあ、風呂の残り湯みたいなもんだな」
中山と向山が顔を見合わせる。
「え?」
「熱いうちは誰も手を突っ込まん。冷めてからじゃ使い道もない。
結局、うまく使うには“温度管理”しかないんだよ」
二人はあっけにとられた。
しかし野上の言葉は、つまり——「すぐには変えられん。ただ、冷めきる前に扱い方を工夫しろ」という示唆だった。
中山は小さく息を吐き、メモにそのまま書き留めた。
向山は半笑いで、「また“野上語録”が一つ増えたな」と呟いた。




