何もしない院長パート71 東真二の昔話
■ 会議のあとの控室
県庁での緊張したやり取りを終え、大原、松石、有明、そして東真二らが控室に腰を下ろしていた。
空気はまだ硬かったが、東がふっと口を開いた。
■ 東の口上
東真二(グラスの水をゆっくり置いて)
「いやぁ、みんな真面目に議論しすぎだな。……ちょっと昔話でもしようか」
大原「先生の“昔話”って、たいてい本題より印象に残るやつですよ」
松石「また“伝説の野上節”ですか?」
東(にやりと笑って)
「そうそう。あれはまだ私が院長、野上が若手の事務方に吠えられてた頃だ……」
■ 野上語録の原点
東「ある日、病院の赤字が過去最大に膨らんでね。会議で皆が青い顔をしてた。
そこで野上が突然立ち上がって、こう言ったんだ。
“病院経営? 放っときゃええ。風呂の残り湯と同じや、下手にかき混ぜたら濁る”」
大原・松石(同時に吹き出す)
「出た! 語録第一号!」
東(大げさに頷きながら)
「あの一言で、場の空気がガラリと変わった。
重苦しい沈黙が笑いに変わり、皆の顔に血色が戻ったんだ。
……あれが野上のすごさだよ。数字を動かす前に、人の心を動かす。
制度や理屈じゃなく、場の空気を支配する。こればっかりは誰も真似できない」
■ 有明さつきの反応
有明(少し頬をゆるめて)
「……正直、悔しいですね。百ページの制度設計より、一行の語録の方が人を動かすなんて」
東(楽しげに)
「有明さん、だからあんたも今日こうして南方の応援団に囲まれてるんだよ。
わかるだろ? 俺たちゃ野上の残り湯みたいなもんなんだよ」
有明(苦笑)
「残り湯……ですか」
■ 神格化の余韻
その場に笑いが広がる。
野上本人はどこ吹く風で病院に戻ってコーヒーでも飲んでいるのだろう。
だがここ県庁では、元院長・東の“昔話”によって、またひとつ野上の神話が積み上げられていたのであった。




