何もしない院長パート66「院長と掃除のおばちゃんの“夜勤明けの朝ごはん”」
■早朝の病院
夜勤明けの朝。
病院の廊下は、疲れ切った看護師たちの笑顔と安堵が混ざる時間帯。
院長・野上はその空気を吸い込みながら出勤してきた。
いつものようにモップを持った嶌田さんが、廊下の端にしゃがんで排水口を磨いている。
「おはようございます、院長先生。今日も早いですね」
「嶌田さんこそ、もう一仕事終えた顔だな」
嶌田さんはにっこり笑った。
「夜勤明けの看護師さんに“おつかれさま”って言うのが私の役目みたいなもんでね」
■病院の外で
その日はなぜか、野上の足が病院の外に向いた。
「嶌田さん、朝ごはん行かんか? どうせ一人でパンかじるんだろ」
「まぁ、そうですけど…院長先生がそんなこと言うなんて」
二人は病院近くの小さな食堂へ。
早朝から営業している“看護師御用達”の定食屋だ。
白いごはんと味噌汁
湯気をあげる味噌汁、焼き鮭、卵焼き、漬物。
シンプルだが、夜勤明けの体には沁みる。
「院長先生、病院ってね、大きな船みたいなもんですよ。
私ら掃除のおばちゃんは、船底で水をかき出す人間。
誰も気にしないけど、やめたらすぐ沈むんだわ」
嶌田さんがぽつりと言った。
野上は箸を止め、しばらく黙っていた。
「……その通りだな。わしなんか船の操縦席で、寝てても偉そうに見えるだけだ」
二人は顔を見合わせ、声を出して笑った。
■ささやかな約束
食後、店を出ると朝の光が病院の外壁に反射して眩しかった。
嶌田さんは「久しぶりに誰かと朝ごはん食べたわ」としみじみ言った。
「じゃあ、またやろう。月に一回、夜勤明け朝ごはん会」
そう約束して病院に戻る二人。
廊下で顔を合わせた看護師が「院長、珍しいですね、なんか楽しそう」と驚いた。
野上はニヤリとして答えた。
「いやいや、船底を守る人と一緒に、ちょっと腹ごしらえしただけだ」




