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何もしない院長パート63 「閉店後の立ち話」
夜の病院は、昼間とはまるで別の顔をしている。
人影の少ない1階ロビー、売店のシャッターは半分降りていて、奥で谷口さんがレジ締めをしていた。
「お、院長。まだおったん?」
「うん、書類やってたら遅くなって…」
ふと足が止まり、そのままシャッター越しに話し込む。
「今日は患者さん、多かった?」
「ええ、午後から急にね。けど、救急の子らもよう頑張っとったわ」
そんな他愛ない話から、谷口さんの孫の話、近所の祭りの話、昔の病院の職員食堂の思い出まで。
時計を見ると、すでに30分以上たっていた。
「院長、これ以上しゃべると、うちのタイムカード押し忘れるで」
「そらいかん、ブラック売店になってまうな」
別れ際、谷口さんが小声で言った。
「院長、この病院はね、人であったかくなるんや。建物や機械やなくて」
野上は笑ってうなずいた。
「ええ言葉やな。それ、ええんちゃう会議で使わせてもらお」
――夜のロビーには、まだ笑い声の余韻が残っていた。




