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何もしない院長パート62 「売店おばちゃんからの逆差し入れ」
その日も、午前の外来が終わると野上はふらりと1階の売店へ向かった。
いつものように谷口さんの「おはようさん、院長」に迎えられ、
甘いものコーナーを物色していると――
「院長、今日はあかん」
唐突に、谷口さんがレジ奥から小さな紙袋を取り出した。
「ほら、これ持ってって」
開けてみると、手作りのおにぎりと漬物。
「この前の当直明け、顔色悪かったやろ。甘いもんばっか食べとらんと、ちゃんと食べなあかん」
野上は思わず笑って、「おばちゃん、俺より母親やな」と返す。
この逆差し入れは、その日たまたま居合わせたERの研修医や看護師にも分けられた。
「売店で買ったほうが商売になるのに、ええんか?」と聞くと、谷口さんは肩をすくめる。
「そんな日もあるやろ。院長が元気やないと、みんな困るんやで」
午後、会議室でおにぎりを頬張る野上を見た事務局長・中西が、
「院長、今日はお弁当持参ですか?」と冗談を飛ばした。
「いや、これはな、院内最高レベルのセーフティネットからの支給品や」
――売店のおばちゃんの手作りは、
病院の空気をちょっとだけやわらかくする。
この小さな“逆差し入れ”は、野上にとって何よりのエネルギー補給だった。




