何もしない院長パート60 「深夜徘徊」
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
その夜、病院はしんと静まり返っていた。
ERには、当直の研修医・吉岡と新人ナース・美咲が待機していた。
時計の針は午前2時を回り、救急搬送も途絶え、ようやく一息つける時間。
――その時、エレベーターの到着音が廊下に響いた。
「……こんな時間に誰だ?」と吉岡が首を傾げる。
開いた扉の向こうから現れたのは、ジャケット姿の院長・野上。
手にはコンビニ袋、顔には満面の笑み。
「お、お疲れさまです……!」
思わず直立する美咲。
吉岡は一瞬「なにか重大なトラブルでも?」と身構えた。
だが野上は、ふわりとした声で、
「いやぁ、散歩や。たい焼き買うたんでな。あんたら甘いもん食べるやろ?」
と袋を差し出した。
美咲は拍子抜けして笑い、吉岡は苦笑しながらも「ありがとうございます」と受け取った。
温かい紙袋からは、香ばしい香りが立ち上る。
その光景に、美咲はふと、昼間のエレベーターで研修医仲間から聞いた話を思い出した。
――「院長って、よくフラッと現れて一言二言交わして去ってくんだよ。何しに来たのかはわからないけど、不思議と元気が出る」
ほんの5分の出来事だったが、その夜勤は少しだけあたたかくなった。
野上の「深夜徘徊」は、目的もなく始まり、誰かの笑顔を残して終わる――まるで、真夜中のサプライズのように。




