何もしない院長パート53 Future Hands Project 2029 その1 高校2年生 三宮祐の場合
この物語に登場する人物・団体はすべて架空です。ただし、思い当たる節があっても、口には出さないのが大人のマナーです。
この夏も、南方総合病院はNPO「Reach Beyond」の“Future Hands Project”に参加し、全国から集まった高校生たちが地域医療の現場を体験した。
病棟での見学や患者さんとの交流を通じ、医療の温かさと厳しさ、その両方を肌で感じた5日間――。その中で三宮祐は、ある一人の患者との出会いから深い学びを得ることになる。
■振り返りの会議室。
テーブルには高校生3人と、荒又、雄河、事務局長の中西、事務の城方、神野君、そしてNPO代表の土居さんが座っている。夕方の西日が、窓際に長い影を落とす。
三宮祐は、うつむいたまま話し始めた。
「…僕の担当だった安井さん、退院が延びていて。でも昨日までは、元気そうで…。今朝も“また将棋の続きをしような”って…」
声が震える。荒又が静かにうなずく。
「急変だったな。あのコードブルー、安井さんやったんや」
祐は深呼吸し、涙をぬぐった。
「祖父が亡くなった時は、何も感じなかったんです。でも安井さんのことは、“親しい方”を失った感覚でした。
…僕は、ただ話を聞いて、将棋をしていただけです。でも、ご家族は“あなたが来てくれて父は喜んでいた”って。そんなふうに言ってくれました」
雄河が言葉を選ぶように答える。
「医療って、治すことだけじゃない。寄り添った時間が、その人と家族にとっての“治療”になることもある」
土居さんが静かに手を組む。
「その気づきこそ、Future Hands Projectの本質やと思います」
会場にしばし沈黙が流れた。
その時、扉の隙間から院長が顔をのぞかせた。
「…ええやん、祐くん。人の心に触れたやん。それ、医者の一丁目一番地やで」
祐は小さく笑って、深くうなずいた。
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。




