何もしない院長パート50 荒又の決意
これはフィクションです。でも、“あれ、うちの○○に似てる…”と思っても、それはたぶん偶然です。たぶん。
数年前のある晩、荒又は院長室のドアを静かにノックした。
「院長……ちょっと相談がありまして」
血液内科のスペシャリストにして、教育センターの屋台骨。多職種研究も総合診療医育成も牽引してきた男の顔は、珍しく固い。
「大学から総合診療科立て直しの協力要請がありました」
声は低く、しかし迷いはなかった。
「……で、どうしたいんや?」
「行きたいです。腹心の雄河も連れて。南方で培ったことを大学でも広げたい。もちろん、南方と大学をつなぐ形で」
雄河大地――総合診療医であり、急性期ではドクターカー要員、研修医の兄貴分。現場と教育、両方を支える頼れる相棒だ。
野上は机の上の書類をそっと脇に寄せ、しばらく天井を見上げた。
(0から1を生み出す力……あいつにはある)
そして、いつもの調子で短く言った。
「――ええよ」
やがて、市の寄付講座という形で南都大学・地域医療教育学講座が開設され、荒又は地域医療学客員教授に。大学院生から医局員まで、論文テーマ選定から査読までこなしつつ、自身も論文博士号取得を目指す。
雄河は客員助教授として大学と病院を行き来し、ドクターカーでは研修医の盾になり、院内ではメンターとして後進を育てた。
送別の夜、ふと静かになった宴席で、野上はグラスを片手に心の中で呟いた。
「――ほんま、ようやってくれた。
ええんや。行きたいとこ行け。
ただな……お前らが帰ってくる頃、
俺はもう院長やないかもしれん。
そん時は、また“ええよ”言わせろや」
笑って見送ったつもりが、グラスの中の氷がやけに滲んで見えた。
気づけば「何もしない院長」も五十話。
何もしない――はずなのに、なぜか人が集まり、物語が増えていく。
これは院長の話であって、同時に南方総合病院に関わったすべての人の話です。
これまで読んでくださった皆さん、そして笑いと涙をくれた登場人物たちに、ひとまずの「ありがとう」を。
……でも、この物語、たぶんまだ当分終わりません。 著者 しゅんたろうより 愛をこめて




