表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何にもしない病院長  作者: しゅんたろう
56/162

何もしない院長パート49「本当にあったこわい病院の怪談」

これはフィクションですが、実際に著者が経験した、病院あるあるをもとに描いています。


それはまだ、野上が大学医局から関連病院に出たばかりの若手医師だった頃。

季節は、暑さの名残が夜に潜む秋のはじめ――病棟の窓がかすかに鳴る夜のことだった。


その患者さんは、認知症だった。

80代後半。痩せてはいたが、昼間は穏やかで、職員にも丁寧な人だった。


だが、ある日から急に訴えるようになった。


「毎晩、私を起こしに来るんですわ」


最初は、せん妄だと思われた。

ナースも介護士も、夜勤者は皆、優しく流していた。


だが、訴えは続いた。


「顔が…黄色くてね、点滴台押して来はるんや。なんかこうはなからひもだして、ずっとこっち見て…何か言いたそうなんやけど、よう聞こえんのですわ」


夜勤の看護師が、申し訳なさそうに野上に言った。

「先生、例の患者さんの言ってる“黄色い人”って…このあいだの田中さんに似てるって思いません?」


野上の背筋が静かに冷えた。


田中さん――

それは二週間前に同じベッドで亡くなった、膵癌末期の患者だった。

鼻から減黄処置のためのチューブステントをいれていた。

そして黄色い顔色。

点滴台を支えに、夜中に病棟をうろうろ歩いていた人だった。

よく、


「若いの、君は内科かね?」と尋ねてきた。


野上は無意識に、ナースステーション横のモニターを見た。

白黒の画面に、ゆっくり動く“点滴台らしき影”が映っていた。


……その時間、誰も病棟を歩いていないはずだった。


翌朝、野上は業者に電話をかけ、点滴台の車輪にオイルを頼んだ。

キャスターの音が夜中にギシギシ響くのが、患者を不安にさせるからと。


そして患者のベッドも、そっと端の明るい窓際に移した。

誰も何も言わなかったが、スタッフたちは「さすが野上先生」とだけ言った。


「……で、結局“黄色い人”はどうなったんですか?」


そう尋ねた後輩に、院長となった野上は、ほほえんで答えた。


「見えなくなったよ。

でも…あの時の患者さん、こんなこと言ってたな。


“あの人、もうええって言うてくれましたわ。やっと眠れそうですわ”…ってな」


病院は、病だけでなく「()()()」も溜まる場所かもしれない。

けれど――

それをほどくのは、意外と、小さな気遣いや気配りなのかもしれない。


なにもしない院長は、やっぱり今日も、何かしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ