何もしない院長パート46 杉原君の思い出2「スギジュン、マツケン合宿を仕切る」
フィクションです。でも、“あれ、うちの○○に似てる…”と思っても、それはたぶん偶然です。たぶん。
「先生、これ……絶対おもろいっすよ!」
朝イチの院長室。
スーツ姿の男が、片手に企画書、もう一方の手に缶コーヒーを持って、勢いよく入ってきた。
杉原 潤。通称スギジュン。
まだ40代。頭は丸刈り、よく言えば昔はやったベッカムヘア、声と腹はでかく、ノリと押しの強さは院内随一。
元・民間病院の事務。現・南方総合病院 企画課係長(通称“雑用番長”)。
「“マツケン合宿”っすよ。今をときめく通天閣メディカルのマツケン先生呼んで、学生と若手の一泊研修。
カンファレンス漬け、推論漬け、ラストは温泉で推論生トーク。どうっすか、これ!?」
野上院長は、彼の情熱の勢いにちょっとたじろぎつつも——
「……ええんちゃう」
その言葉を聞いたスギジュンの笑顔が弾ける。
「よっしゃ! それ、もらいました!」
合宿、始動。
南方総合病院主催、「マツケンと朝まで生推論」。
参加者は、近隣の医大5・6年生、初期研修医、若手医師に看護師も加えて30名超。
会場は杉原が交渉して押さえた、ちょっと古びた山間の温泉旅館。
到着早々、マツケン先生が笑顔で現れた。
「さあ、今日は診断力の勝負やで。
問診だけで病気を見抜く、五感の診療や。聞きたいか~、見たいか~、感じたいか~!」
一同「はいっっっ~~~!!」
テンションは一気に臨界点突破。
推論カンファで会場は熱気に包まれる。
研修医が冷や汗をかきながらプレゼン、マツケンが痛快なツッコミと温かい講評。
その間も、スギジュンは裏で段取りをバッチリ回していた。
夕食後の宴会では、スギジュンがマイクを握り、
「マツケンクイズ〜ッッ! 優勝者にはマツケン直筆サイン入り診療録〜!」
まさかのレアアイテムに学生たちは歓喜し、
マツケン先生も「なんでそんなの用意してんの(笑)」と爆笑。
深夜まで、生推論トークが続く。
その夜。
宴会場の片隅。
野上院長は、焼酎片手に座っていた。
ふと気づくと、杉原が近くにいた。
もうほとんど声も出ない状態で、ゼェハァ言いながら、うっすら笑っていた。
「……なあ、院長。やっぱ、こういうの、ええっすよな」
「せやな。おもろいわ」
「学生が“この病院行きたいです!”って言うてくれましたわ。
あんとき『ええんちゃう』って言ってくれたから、ここまで来ました。……ありがとうございます。」
「おまえが動いたんや。俺は“言うただけ”や」
「それで、十分っすわ。うちらの病院、こういうノリ、伝わりますやん」
——そこまで言って、杉原はふっと笑い、
宴会場に響く研修医たちの笑い声を、少し眩しそうに見上げていた。
【エピローグ】
あれから10年。
南方病院では今も、夏になると「マツケン合宿」が行われている。
後輩たちが引き継ぎ、少しずつ形を変えながら続いている。
合宿の開会式には、決まってこの言葉が掲げられる。
「企画・杉原 潤 ——言い出しっぺが、いちばん楽しむべし!」
静かな夜。
野上は自室でふと思い出す。
どこかでまた、あいつがニヤニヤしながら企画書を出してきそうな気がして——
「……ほんま、おもろい、ええやつやったわ」
その一言に、すべてが詰まっている。
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。




