何もしない院長パート45 マツケンカンファ、スタート
「おいおい、立って拍手しとるやん」
カンファレンスルームに入ってきた総診小浦医師が驚くのも無理はない。
そこにいたのは、まるでライブ会場のような熱気に包まれた人だかり。
後ろの壁際まで立ち見で埋まり、看護師・研修医・コメディカル入り混じって聴き入っていた。
「それでは――今日の“迷える症例”、行きましょか!」
講義台の前に立つのは、
大阪通天閣メディカルセンター 総合診療科教授、松島健次郎(通称マツケン)。
ハンチング帽をやや斜めにかぶり、声も抑揚たっぷり。
指先でホワイトボードにスッと書かれた言葉は……
「診断とは、“情報の整理”ではない。“問いの組み立て”や」
■ 症例提示:「微熱・疲労感・腹部不快感」
患者:60歳男性
主訴:微熱、倦怠感、最近ズボンが緩くなった
既往:高血圧、脂質異常症
生活歴:農業、猫と暮らしている
バイタル:37.4℃、HR 88、BP 138/82、SpO2 96%、触診で肝縁鈍、下腿浮腫なし
採血:AST・ALT軽度上昇、ALP高値、白血球微増、CRP 1.2
「さあ皆さん、ここで考えるべき“問い”は何か。
“何が一番怖いか?”ちゃう。“何が患者にとって異常なのか”や。」
マツケンが口元に指をあて、語る。
「体重減少とALP高値……これ、あんまり“風邪”って感じせえへんでしょ?」
「まさか……」
「え、ALPって骨じゃなかったっけ……?」
「肝臓由来か、胆道系か……」
「ちょっと、造影CT入れてみませんか?」
「それより、猫と暮らしてるのが気になる!」
——そこから紛糾するディスカッション。
感染症内科が挙げる“Q熱”、肝胆膵内科が提示する“PSC”
(Primary Sclerosing Cholangitis:PSC 原発性硬化性胆管炎)
老年内科は「単純な食欲不振では」と穏当に流そうとするが、
マツケンの放った一言で場が凍る。
「この患者……中部胆管癌やったんですよ」
……全員、一瞬沈黙。
「えぇーッ!」
「なんで!?」
「いやでも、画像は?」
「これ、腹部超音波で“なんとなく膨張”が見えた”だけやったんですよ。
でも、“猫と暮らしてる高齢者”のALP高値は、
“CTでは拾いにくい胆道病変”を示唆することがある。僕ら、そこ拾えんと」
誰かが、思わず言った。
「……松島先生、推論の魔術師みたいやな」
マツケンは笑う。
「ちゃいますよ。目の前の患者を、ちゃんと見てるだけです」
■ 院長室にて
夕方。
講義を終えたマツケンが院長室に入ると、
院長・野上がアイスコーヒー片手にのんびりと窓を見ていた。
「どやった、今日のカンファ」
「最高や。やっぱりこの病院、ええねんな。
カンファやのに、誰も“黙って聞いてるだけ”ってこと、あらへんもん」
「そらまあ、“喋った者勝ち”の風土はあるわな」
「野上くんが最初に、“ええんちゃう?”って言うてくれたおかげやで。
ウチの教授会ではまず、誰かに稟議書いて、回覧まわして、パワポ30枚出して、
で、最後に“で、これは正式な依頼でしょうか?”やもん」
「おお……もう聞いてるだけでしんどなってきた」
「ほんまそれや」
二人して笑い合い、しばし沈黙。
ふと、マツケンが問いかけた。
「……なあ、野上くん。
“診断”って、何のためにするんやろな?」
「そらまあ……」
野上がコーヒーを置いて、外の夕日を眺めた。
「“この患者はこうやった”って、
——あとから来るやつらが迷わんように、ってことやろ?」
マツケンはうなずいた。
「やっぱりええなあ、ここ。ほんま、ええとこや」
「で、来月の症例はどうすんねん」
「え? もう一回、来てええの?」
「——ええんちゃう?」




