何もしない院長パート42 「病院あるある 夏の怪談騒ぎ ――犯人は野上院長」
もし“ウチの病院もこうだったら…”と思ったあなた、それはすでに感染しています。ご注意ください。
南方総合病院の7月某日。
昼は灼熱、夜は蒸し風呂。ナースステーションには、うちわと塩分チャージタブレットと、うっすらホラーの気配が漂っていた。
きっかけは、研修医の石倉が言い出した一言だった。
「……あの、夜勤中に、処置室の奥から声が聞こえたんです。“返して……”って」
「……誰の声?」
「わかりません。でも、モニター心電図が勝手に点いたり、記録室のカギが空いてたり……」
それからというもの、ナースたちの間で“出る”という噂が急速に広まった。
談話室のテレビが勝手についた、冷蔵庫に入れてたプリンだけがなぜか凍ってた、誰もいない屋上から呼ぶ声が聞こえた――などなど。
看護部長も気にしだし、ついに安全衛生委員会で取り上げられる騒ぎに。
事務局長の中西は頭を抱え、こうつぶやいた。
「まさか、JQサーベイよりタチが悪いとは……」
そして8月某日。
とうとう院内で「納涼・職員怪談ナイト」が開催されることになった。
夜勤の看護師にも配慮し、会場は第1会議室、演者は持ち回り。
“怪談を話すことで、怖さを封じる”というどこかのお寺の教えを真に受けた誰かの企画だった。
だが当日――。
会場の照明が落ち、ロウソクの炎が静かに揺れるなか、最終演者として“あの人”の名前が呼ばれた。
「……最後の語り手は、野上院長です」
職員、一瞬ざわつく。
“まさか参加していたのか”
“え、あの人が怪談を?”
“むしろ本人が怪談みたいなもんじゃ……”(←小声)
だが野上は、静かに壇上に上がると、懐中電灯の光を下から自分の顔に当てて、こう語り始めた。
「……この病院には、確かに“声”がある。だがそれは……」
一瞬、皆の背筋が伸びる。
「たとえば深夜のナースコール。『もう一度、ありがとうって言いたかったの』って声が、夜中に鳴ることがある」
「でもそれは……最後まで看てくれた誰かへの“感謝”かもしれんよな」
「エアコンが止まった処置室で、ふいに吹いた風があった。『ありがとう』って背中を押すような風やったな」
会場、完全沈黙。
なぜか誰も、ふざけたことを言わない。
「人が亡くなるとき、この病院のどこかで“気配”が生まれる。でもそれは、誰かの思い出や祈りが、まだそこにあるからやろ」
そして、懐中電灯をぱちんと消すと――
「怖い話、というより、あったかい話で……悪かったな」
と、一礼して去った。
その瞬間、誰かが泣きそうな顔でつぶやいた。
「……犯人、院長じゃん。全部持ってったじゃん……」
その夜から、怪談騒ぎはすっと消えた。
代わりに広まったのは、
“この病院、もしかしてちょっといいとこかも”という、
根拠のないけどあったかいウワサだった。
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。




