何もしない院長パート41 「“その声、どこかで”——チャットボットの口調が話題に」
■ ある外来患者の一言から
「このチャット、なんやろ……
ちょっと前に診てもろた、あの年配の先生の話し方に似てるんですわ」
皮切りは、整形外科に通院していた70代男性の一言。
チャットボットの回答画面をスタッフに見せながら、つぶやいた。
『痛みを否定せんでええよ。ちゃんと、つらいって言うてええ。
あんたの人生、痛みと一緒にここまで来たんやからな』
この口調、誰かに似ている……と、
その場にいた看護師が、ふと目を細めた。
「……これ、野上院長ぽくない?」
■ 院内でひそかに話題になる
チャットボットはあくまでテンプレート文に従って返信するはず。
だが、近ごろ出てくる返答には、やたらと“間”や“呼びかけ”が多い。
「まぁ、ちょっとお茶でも飲んで考えよか」
「わし、よう言われるんですわ、“黙ってるけど、聞いてます?”って」
「答えより、“待ってくれる人”のほうが大事かもしれんね」
いつの間にか、それらは「野上語録AI」と呼ばれ、
職員の間でスクリーンショットが回されはじめた。
■ 情報技師・山上の告白
情報システム室で、若手職員・山上が頭をかいて言った。
「……あの、ちょっと白状します。
チャットの学習データに、“院長の会話ログ”混ざってたかもしれません」
「昼休みとか、医局カンファでの音声記録。
“自然な口調のデータが欲しくて”って、解析用に……」
中西事務局長は溜め息混じりに苦笑した。
「……やれやれ。けど、
“あの人の声”が、AIからでも出るってのは、悪くないな」
■ そして、本人の反応は
噂を聞きつけた看護部長が、院長室でそっとたずねた。
「院長、最近AIが、院長みたいな喋り方するって、皆いってますよ」
野上は湯呑みを持ちながら、こう答えた。
「へぇ、ほな、ちょっとわしの出番、減るかもしれんな」
笑っていたが、
その後ろで、AI相談室のPCにひとつだけ新しいファイルが増えていた。
「voice_nogami_final.wav」
──どこか照れくさそうな、静かな関西弁の音声ファイル。
「聞いとるで。ほんまやで」と、たったそれだけの声。




