【何もしない院長】パート38 「若手医師と住民との交流」 ——“その出会い”が、未来の医療をつくるとき
これはフィクションです。フィクションです。でも、“あれ、うちの○○に似てる…”と思っても、それはたぶん偶然です。たぶん。
■ 冒頭:日曜の病院駐車場に、なぜか集まる人々
とある日曜日、南方病院の駐車場の一角で、
小さなテントとキッチンカーが並んだ。
その横には、段ボールで作った手書き看板。
「まちの健康ひろば」
若手医師と話せます/血圧測定OK/お薬の相談もどうぞ!
発案したのは、初期研修2年目の竹邑医師と、看護副部長の江前田さんだった。
■ 発端:きっかけは“外来でよく来るおばあちゃん”の一言
竹邑が外来で診た、80代女性の言葉がきっかけだった。
「あんたの顔、テレビで見たことあるような気がするわあ。
でもあたしゃ、ほんとは“病院じゃないとこ”で話したいのよ」
“病気の前に、人として会いたい”
その感覚が、竹邑の胸に残った。
竹邑:「だったら病院の敷地でいい、
そこに“医者じゃなくて人間として立ってる場”をつくってみようと思いました」
■ 野上の対応:何もしない、でも許可印だけは押す
提案書を見た野上は、黙ってうなずき、言った。
「ケガせんようにな。あと、電源のブレーカー触らんように」
中西事務局長があきれながらも笑った。
中西:「ほらな、“動かん代わりに、止めもしない”のがこの人や」
■ 当日:来たのは“患者”じゃなくて“まちの人”
最初はだれも来なかった。
が、農協帰りの人、孫を連れたおばあちゃん、町内会の人々――
ひとり、またひとりと集まってきた。
中には「腰が痛い」「むかし糖尿病って言われたけど」という相談もあったが、
ほとんどは他愛ない話。
「先生、恋人おるんか?」
「若い人が南方に来てくれて、うれしいんや」
その中にいた、普段は無口な元大工の男性が、ぽつりと口を開いた。
「……昔な、医者ってのは“村に一人おるもん”やった。
今はみんな東京やら都会に行くけど、
あんたらがおると、“ここも地図にあるんや”って思える」
竹邑は言葉を詰まらせて、ただうなずいた。
■ 後日談:その様子が、なぜか県庁で話題に
ある日、県庁の厚生課にいた中堅職員がぼやいた。
「“再編して合理化”って言っても、
“ああいう場所”がある病院を無くせるわけがないよな……」
この会話がどう伝わったのかは不明だが、
後日、南方病院の「まちの健康ひろば」は県主催のモデル事業として紹介されることになった。
■ 院長室にて、江前田副部長の報告
江前田:「おかげさまで、“健康ひろば”大成功でした」
「へぇ。で、先生らケガせんかったか?」
「しませんでしたよ。……でも、竹邑先生、日焼けで顔真っ赤でした」
野上:「それがいちばんの“交流”かもしれんな」
そしてまた、茶をひとくち。
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。




