何もしない院長【特別編】 『19番目のカルテ』――総合診療という名のノート
この物語は、テレビドラマ『19番目のカルテ』から着想を得ています。
舞台は総合診療科。
患者さんの名前は明かさず、便宜上「19番さん」とだけ呼びます。
その呼び方の裏には、病気や立場に関係なく、すべての人を等しく診る――
そんな医師の願いが込められています。
現実には、ここまで理想的な医師はなかなかいないかもしれません。
けれど、もしも診療にあたるすべての医師が、
この“19番さん”に向けるようなまなざしと心を持ってくれたなら――
医療はきっと、もう一歩あたたかくなれるはずです。
これは、そんな願いをこめた、ありえたかもしれない物語。
――ひとりの総合診療専攻医・小沢先生の、静かな記録です。
■ 南方病院・外来棟 午前11時45分
待合の番号が、18番まで呼び終わっていた。
残りの受付表に、ただ1枚だけ置かれた用紙。
それにはボールペンで、こう書かれていた。
【19】名前:書けません
年齢:たぶん70代
主訴:うまく説明できないけど、なんかおかしい気がする
看護師:「……これ、どうします?」
その日、総合診療科の外来は専攻医3年目の若手、小沢先生が担当していた。
(野上先生ならどうするだろう......)
彼は迷わず、カルテに「No.19」と記して、
患者を診察室に招いた。
■ 話が通じない? いや、きっとどこかに“糸口”が
現れたのは、やせ細った高齢男性。名前は名乗らず、目を伏せていた。
聴診も問題なし。血圧も血糖も安定。検査データは「ほぼ正常」。
だが、“なにかおかしい”は拭えない。
小沢は悩んだ。
「この人の“おかしさ”を、誰も拾えなかったとしたら、俺もまた、見過ごしてしまうのか」
その時だった。
ふとカルテに目をやった看護師が、小さなメモを見つけた。
【既往歴欄の端に鉛筆で記載】:
“五年前、妻を亡くす。以後、話さなくなる”
それを見た小沢は、静かに問診を切り替えた。
「今日は、来てくれてありがとうございます。
……よければ、“誰かに話すのは久しぶり”ですか?」
数秒の沈黙。
そして、男性はぽつりと、「……うん」とだけ言った。
■ 院長室にて、小沢の報告
外来を終えた小沢は、院長室へ行った。
理由もなく――いや、理由がないからこそ、話したかったのかもしれない。
小沢:「……野上先生、今日の“19番目のカルテ”、たぶん“診断名”はつかないんです。
でも、“来てよかった”って顔で帰られました」
野上は、湯呑みを置いた。
「……そのうち、診断名がつくこともあるし、
つかんまま終わることもある」
「でも、“この人は誰かに見てもらえてる”って、思える場所があるのは……
医者で言うたら、それだけでも、じゅうぶん、名医やと思うよ」
小沢:「……でも、医者として、できることって、それでいいんですかね?」
野上(微笑む):「それ“だけ”しかできんかったら困るけど、
それ“すら”できんようになったら、医者やめたほうがええ」
■ 数日後、“19番”が、もう一度訪れた。ある日の午後総診外来。
受付には、前回と同じ筆跡で1枚の用紙があった。
【19】名前:山本幸夫
主訴:特にないけど、先生に会いたくなったので
小沢は思わず吹き出し、受付に一言伝えた。
「19番さん、今日の診断名は“会話療法”でお願いします」
受付:(そんなレセプト病名あったかしら?!?)
看護師:「薬、何か出します?」
「出しません。代わりに、お茶でも出してあげてください」
そのやり取りを見ていた事務局長・中西が、
後ろからこっそり院長室へ報告に行った。
中西:「……あいつ、少しずつ“野上ウイルス”に感染してきたようですな」
野上:「ええことや。うちは、そういう病院や」
■ タイトルの意味:「19番目のカルテ」
人知れず来て、人知れず帰る患者。
“診断できない症状”や、“話せない想い”――
そのすべてを記録する、「19番目のカルテ」。
総合診療とは、もしかするとそういう“何か”の、記憶の記録なのかもしれない。
これはフィクションです。でも、“あれ、うちの○○に似てる…”と思っても、それはたぶん偶然です。たぶん。
でも小を大に、沢を川に読み替たりすると腑に落ちるひとは、私の周りにはいっぱいいるかも....




