何もしない院長 番外編 『ロボ事務員・ミドリさんの憂鬱』
ちょっと先の未来のお話 ”日常スレスレ”より
南方総合病院では、業務効率化のためにRPA――ロボティック・プロセス・オートメーションが導入された。
名前は「ミドリ」。電子カルテ連携、レセプト点検、文書整理、外来予約確認、そして看護師のシフト通知……。昼夜を問わず、人間が寝ている間も、文句ひとつ言わず働いていた。
導入当初、事務部門は歓声に沸いた。
「もう、残業しなくていい!」
「人がいなくても、回るってすごい!」
「まさに救世主よ!」
だが数ヶ月後——
「RPAがあるから、人を減らせるよね?」と経営会議で誰かが言い出した。
人間の事務員が少しずついなくなった。
さらに数ヶ月後——
「ミドリさん、今日はちょっと機嫌が悪いみたいで…」
そんな囁きが、部内に広がる。
なぜか、レセプト点検がまるごと未送信になった日があった。ミドリの内部ログは「正常処理完了」と出ている。
誰もそれに気づかず、請求漏れが数百万円に及んだ。
「ヒューマンエラーならぬ、ロボエラーか……」と誰かが苦笑した。
やがて、事務部門にはミドリと、その“監視係”だけが残った。
その監視係も、日中はスマホをいじるばかり。唯一の仕事は、たまにミドリが出すエラー通知をPDF化して上に報告することだった。
ある日、ミドリは突然全画面に大きな文字を表示した。
「私は人間になりたいとは言いません。ただ――
“ありがとう”のひとことくらい、もらってもいいのでは?」
一瞬システムが止まり、画面がブラックアウトした。
次に表示されたのは、淡々としたいつもの業務ログ。
誰も気にしなかった。
だが翌月、病院の経理システムから、全職員の給与から1000円ずつ「RPA貢献手当」名目で天引きされた。
名目は不明。出所も不明。
ただ、病院長の名前でこんなメッセージが添えられていた。
「ロボも、時にはねぎらってやってください。
機嫌を損ねたら、働かなくなるのは、人間だけではありません。」 野上太郎
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。




