何もしない院長 パート28 「年末調整ミス発覚。院長の“わしのせいでええよ”に騒然」
名前は違っても、きっとどこかで今日も、誰かが“何もしないふり”をして、誰かを守っている。
年の瀬が近づいたある日、経理課が青ざめていた。
年末調整の一括計算に使っていた税ソフトのバージョンが昨年のままだったのだ。
結果、扶養控除や住宅控除の項目にズレが生じ、
職員の過半数に“過剰天引き”の状態が発覚。
しかもそれを知らせるのが、今週中。
■ 事務課・緊急会議
中西事務局長:「どうする……今さら“年明けに還付します”って、通るか?」
経理係長:「でも、すでに通知が出ちゃって……いま変更すると“二重通知”になります」
そして誰かが言った。
「これ……院長印、もう押してありますよね……」
重苦しい沈黙。
全員の目が、そっと院長室のドアに向けられた。
■ 院長室にて
いつものように、缶コーヒー片手の野上院長。
中西:「すみません。ちょっとしたシステム不備で……
年末調整通知、少しズレが出まして」
「ほう……みんな怒るやろな」
「正直……はい」
「で、ワシが印、押したんやな」
「はい……まあ、決裁ルート上、最終確認は……」
「……じゃあ、ワシのせいでええよ」
「は……?」
■ 騒然とする職員たち
数日後、院内掲示板に張り出された訂正通知の冒頭には――
《お詫び》
年末調整処理において一部確認不足があり、
控除処理にズレが生じたことをお知らせいたします。
最終決裁者である院長の確認責任として、
ご迷惑をおかけした全職員の皆様に深くお詫びいたします。
野上太郎(院長)
事務課が止めようとしたが、野上は首を縦に振らなかったという。
■ 医局・ナースステーションの反応
若手医師:「あれ、院長のせいじゃないでしょ?」
ベテラン看護師:「あの人、“誰のせいでもない時”に、自分の名前出すのよ」
経理係:「……あの一文だけで、クレーム電話が半分に減りました」
■ その夜の院長室
中西がぼやく。
中西:「あの件、やっぱり我々のチェックミスですわ」
野上:「ええねんええねん。ミスが“誰かのせい”になるより、
“片づいた”ってだけで、みんな楽になるやろ」
「でも……そんなことしてたら、信用されすぎますよ、院長」
野上(缶コーヒーを振りながら)
「せやから、“信用”やのうて、“余白”でええねん。
ぎっちぎちの職場なんか、息苦しいやろ?」
この物語に登場する人物・団体はすべて架空です。




